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津波から少しでも多くの人が避難できるように、このことを知ってほしい

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震からちょうど10年。地震の規模はマグニチュード 9.0で、日本の観測史上最大規模となった。日本は依然として地震大国であり、2018年における南海トラフ巨大地震の30年以内の発生確率は70〜80%程度と予測されている。その時に備え、我々に今できることは何か。東日本大震災による死因のうち津波による溺死は90.64%と非常に高かった。国や地方自治体でももちろんその対策に取り組んではいるが、津波から少しでも多くの人が避難できるために個人でもできることは何か。

津波からの避難に有効な手段として自転車、中でも電動アシスト自転車の活用を呼びかける人物がいる。特定非営利活動法人(NPO)自転車活用推進研究会で理事を務める疋田 智(ひきた さとし)氏だ。多くのサイクリストには「自転車ツーキニストの」と言えば早いかもしれない。今回はその疋田氏に、津波被害減災を中心に、電動アシスト自転車の活用について伺った。

 

10年前。その時。

——3.11は、私は一週間かけて熊野古道を歩いていた6日目で地震の揺れに全く気づかず、チェックインした宿のロビーのテレビではじめて地震があったことを知りました。1995年の阪神・淡路大震災の時は大阪の自宅で激しい揺れを経験しましたが、3.11では揺れを経験していない分、報道番組で見た津波のインパクトがとても強く残っています。震災全体としては津波と併せて原子力発電所事故も大きな問題になりましたが、首都圏では帰宅困難者の問題もありましたね。業界にいる者として、自転車の存在は大きく感じました。

Wikimedia Commons:東北地方太平洋沖地震発生後の東京都・新宿駅南口の様子
Wikimedia Commons:2011年東北地方太平洋沖地震による鉄道各線の運転見合わせにより、京王線新宿駅で足止めを受けた帰宅困難者

疋田さん:私は東京にいました。忘れもしない金曜日の午後。当時私は朝のテレビ番組のプロデューサーをしていたので「さて、帰ろうか、楽しい週末だ」と会社近くの駐輪場に向かっているところでした。不意に立ち位置がぐにゃりと頼りなくなり、周囲がゆさゆさ揺れ始めました。そこから色々あったのですが(地方局は、ヘリコプターは、取材班は、などテレビ的な話は省略)結局、夕刻に自転車で家に帰りました。私は当時も今もその前も、ずうっと自転車通勤だったため、帰りには何の不自由もなかったのですが、道路の流れは停まってましたね。クルマは本気の大渋滞。電車は動きません。歩きか自転車、この2つしか交通手段はありませんでした。妻は子どもを連れて歩いて家に帰ったそうです。

——アキボウでは小径折り畳み自転車も多く扱っているので、災害時に備えて企業で導入する動きにならないかな、なんて漠然と思ったりしました。

疋田さん:それはじつはアリなんですよ。防災用のミニベロ。そんなに高級なものでなくてもいいから、コンパクトになって、食料品や毛布などと一緒に防災倉庫に用意しておくといいと思います。

——企業の帰宅困難者対策としては、スピードの出る自転車よりもいざというときに備えてコンパクトに保管できる、小さな箱で大量に積み重ねたりロッカーに収納したりできる折り畳み自転車は都合が良さそうですね。アキボウでは法人向けに、ニーズに合わせてカスタマイズした車体を納品するサービス(モビリティサポートプロジェクト)も提供しているので、太めで丈夫なタイヤの採用やハブダイナモからライトに給電する車体など、社内で提案してみます。

写真は、薄くコンパクトに折りたためるため一般的なコインロッカーにも入れることができるTernのBYB。折り畳み自転車は製品により様々なタイプの折り畳み機構を採用し、ロッカーに収納できるものも複数ある。

 

自転車通勤とe-bike

——私が自転車業界に入った2008年には既に疋田さんは自転車ツーキニストとして著名な存在でした。いつ頃からどの様な経緯で自転車通勤のメリットを発信され始めたのですか。

疋田さん:私が自転車通勤を始めたのは1997年頃のことでした。当時、故筑紫哲也さんのニュースを担当してたもので、毎日、深夜帰宅でした。電車は動いてない。テレビ局から乗り合いタクシーが出るんですが、時間がかかるし、気詰まりだし、で、乗りたくなくて始めたのが自転車通勤でした。やってみると、快適で、速くて、健康的で、ダイエッティで、イケる。で、その体験を本にしたのが、私のデビュー作『自転車通勤で行こう』(99年WAVE出版)だったのです。当時はまだ「家から会社まで直接自転車で通う」なんて人はほとんどいなくて、自転車でも行けるんだ、しかも電車より速い、というところにインパクトがあったんだと思います。あと、エコブームが追い風になったかな。

クロスバイクに乗る疋田さん。

——2008年頃から2011年頃の自転車ブームでは、健康やエコ志向、ファッション面が強かったと思いますが、昨年からのコロナ禍で一気に自転車通勤が注目されています。疋田さんにとっては、今頃やっとかという思いではないかと思いますが。

疋田さん:まあ、そうでもありますし、そうじゃない部分もあります。といいますのはね、たしかに自転車は今、注目されてるんですが、こんなに追い風がビュービュー吹いている中で、現在の自転車ムーブメントって、あんまり大したことないじゃないですか。そう思いません?これ、私はある意味「自転車が嫌われはじめてる」ことの証拠だと思ってるんです。だって、あまりに交通ルール無視の自転車が多い。逆走や信号無視なんて当たり前、という現状を何とかしなくてはならんだろうと思ってます。こういう言い方は申し訳ないんですが、昨今乗り始めた「チャリンコなんてお手軽」みたいな人ほどルールを知らないし、守りません。宅配の大きな荷物を持ったアルバイトの自転車乗りなんてのが一番いい例ですね。

——フードデリバリーの配達員はどうしても目立つので、全体がそういうイメージになってしまっていますね。実際に危険な走行をされている方も多いと思いますが、だからこそ安全走行のための知識を入れる機会をどう作るか考える必要はありそうです。自転車業界としてもフードデリバリーを突き放すのではなく、エコな自転車のイメージを向上させるための広告塔になってもらうくらいに捉えて、取り組めればと思います。

——2018年はe-bike元年と(業界発信で)言われ、ニーズを先取りする形で今日では多くのブランドから様々なe-bikeがリリースされています。以前から普及している電動アシスト付き子ども乗せシティサイクルでも十分素晴らしいものですが、スポーツタイプのe-bikeに実際に試乗すると多くの方がその良さに目覚められます。脚力に自信のない方でもロングライドやヒルクライムを楽しむことが身近になり、年配の方の体力維持にも有効なところが特に注目されていますが、夏場でも汗をかかずに乗れるなど自転車通勤にもいいですよね。

BOSCHの最新システム「Active Line Plus」を搭載し、スポーティかつ安定感のある走行性だけでなく、誰もが利用しやすいコンパクトな収納性と携帯性を併せ持つ、Ternの次世代コミューター Vektron S10。

疋田さん:“e-bike”はね、私は正直、出てきたときは「こりゃまたナントモ邪道、スポーツなのか、楽したいのか、ハッキリしろー!」と思ってたわけですよ(笑)。しかし、今となってはもうアリ。チョーあり。大好きです。自転車業界のご老公様・宮内忍「CYCLE SPORTS」元編集長によると「“e-bike”を邪道なんて言うヤツは外道だ!」です(笑)。54歳になり、もう若くない今だからってのもありますが、まあ快適、“e-bike”。たとえば東京都内の移動。都心は意外に細かい坂が多いわけです。たとえば渋谷から芝浦に行きたいな、なんてときは「六本木の丘と、三田の丘を越えなくてはならんな、金王坂に、霞坂、日向坂か、億劫だな」と思ったりするわけですよ。“e-bike”の場合、そういうストレスがほとんどない。上り坂はらくらく。で、通常スピード(25km/h程度以上)ではアシストが完全に切れますから、通常バイクと変わりません。昨今の“e-bike”はユニットとバッテリーが本当に軽くなりましたから、もうイイトコどりそのものです。

——私も初めは同じでした。24km/hまでしかアシストされないのにロードバイク?って。でも試乗すると瞬時にで認識が変わりますね。特に私の場合は地方のイベントで山裾のアップダウンのあるコースを走る機会があったので、これは凄いと思いました。

疋田さん:あとね、私には小さい子供が3人いまして、下の子がようやく小学校に上がった程度なんですが、3人の保育園への送り迎えには“e-bike”、……というより電動アシストの子乗せママチャリを使ってました。もうこれが便利、快適、安全、スゴいのなんの。もう子育ての必需品でした。都心の保育園には駐車場がないですから、これ以外の選択肢はほぼ考えられないわけですよ。だから、私以外のママさんたちもみんな使う。保育園普及率は、ほぼ100%といってよかったと思います。

——うちも同じです。e-bikeと違ってスピードは出ませんがあまりに快適なので、大型書店や家電量販店に行くときなど、私単独でも子乗せの電動アシスト自転車はよく乗っていました。笑

 

津波からの避難における自転車の可能性

——今回の本題ですが、津波被害減災のために電動アシスト自転車の活用を提唱されています。自転車全般に明るい疋田さんが東京大学大学院で都市工学を専攻されていたことから、必然的な研究テーマだったのでしょうか。

疋田さん:自転車は、普及率こそ高いけれど、1人あたりの移動距離が非常に短く、歩道通行が容認されていることもあって、歩行者的な使い方をされていることが多いわけです。で、都市と地方の自転車の使い方、普及率などに大きな違いがあることなどを目の当たりにする。その中でやはり気づかざるを得なくなってきたのが、地方でよく言われる「クルマ社会」の弊害です。なにかとクルマに頼る地方交通と地方経済ですが、クルマのフットワークは、じつはそこまで良くない。でも、平時はまだいいわけです。こと有事(震災など)の際に、クルマは絶望的な結果をもたらします。私は東日本大震災の被害状況を見て、これはいかん、と思ったわけですよ。

津波被害減災のための電動アシスト自転車の活用について講演する疋田さん。

——2017年に施行された「自転車活用推進法」の第一条で「災害時における 交通の機能の維持」という項目が挙がっていたこともお恥ずかしい話ですが今回初めて知りました。そして、環境に次いで2番目に、健康よりも先に言及されていることにも驚きました。

平成二十八年法律第百十三号

自転車活用推進法

第一章 総則

(目的)

第一条 この法律は、極めて身近な交通手段である自転車の活用による環境への負荷の低減、災害時における交通の機能の維持、国民の健康の増進等を図ることが重要な課題であることに鑑み、自転車の活用の推進に関し、基本理念を定め、国の責務等を明らかにし、及び自転車の活用の推進に関する施策の基本となる事項を定めるとともに、自転車活用推進本部を設置することにより、自転車の活用を総合的かつ計画的に推進することを目的とする。自転車活用推進法(平成二十八年法律第百十三号)

疋田さん:そうなんです。これは阪神淡路大震災のときに分かったことですが、道路や鉄道が分断される中で、最も高速に人や物を運ぶことができたのは自転車でした。地割れや瓦礫があると、クルマはそこでストップですが、自転車ならよっこらしょと持って運べる。また、自転車は被災者の避難所に弁当や衣類、細々したものを運ぶのに非常に役に立った。つまりリヤカーとしての役割ですね。これも大きかったと思います。ただ、私が今回注目したのは、同じ災害時でも津波避難についてです。

——津波避難というと、現在、政府が想定している津波避難のための交通手段は、徒歩が推奨手段、どうしてもダメならクルマ、という話を聞いたことがありますが。

疋田さん:そのとおりです。もしも地震が起きたとき、さらに津波が沿岸部を襲ったとき、現在、政府(中央防災対策会議)が想定している、避難のための交通手段は、徒歩とクルマだけなのです。ご承知の通り、地震が起きてから津波が来るまでには、タイムラグがあります。東日本の場合は40分前後でした。その間、人々はどう逃げればいいか。東日本の実例を見、その後の国土交通省のアンケート結果を踏まえながら、分かってきたのは、次のことです。
◎まず徒歩では間に合わない。本当は間に合わないわけじゃないんだけれど、とっさの場合「無理だ」と思ってしまう。さらには、徒歩では逃げられない人がいる。高齢者、乳幼児、障碍者などです。
◎では、クルマの場合はどうか。クルマは渋滞を起こして逃げられなくなる。そしてこの渋滞の絶望的なところは、渋滞の列の中にいる誰かが「これじゃ間に合わない!」とクルマを捨てて走って逃げ出した瞬間、そのクルマ以降のクルマ、その渋滞は,決して解消されない渋滞になってしまうところです。中には子供やお年寄りが乗ってるかもしれないのに!その結果、あのときクルマごと流された人が数千人いたのです。
クルマは渋滞、歩きもむずかしい、公共交通機関はすべてストップ。こうして見ると、有効な避難手段は、自転車しかないじゃないですか。

(画像は渋滞の参考イメージ)Wikimedia Commons:夏祭り会場へ向かう車のために起こった片側渋滞の例

——それぞれのメリットとデメリットを踏まえたうえで、自転車による避難の特徴を拝見し、今更ながらに素晴らしい可能性を感じました。上でも触れましたが、それまでは帰宅困難者問題のことしか考えが及んでいませんでした。

疋田さん:多くの人にとってはそうなんです。でも、本来、避難手段に自転車を考えなくてはならないと、私などは思うのです。これね、誤解されがちなんだけど、クルマを全否定するわけじゃないのですよ。さっきから申し上げてる通り、高齢者、乳幼児、障碍者など「クルマでなければ逃げられない人」はいるわけです。クルマ避難はその人たちのためにあるわけです。で、それ以外は自転車で逃げろ、と。でね、私の修士論文は『津波被害減災のための電動アシスト自転車活用可能性の研究 -日南市油津地区におけるMAS モデル分析を中心に-』というんですが、(株)構造計画研究所と共同で、コンピュータシミュレーション(Multi Agent Simulation)をやってみたんです。すると、感動的な事実がありましてね。自転車での避難率が増えると、つまりその分、クルマから自転車に乗り換えたわけですから、クルマの台数が減る。その結果、クルマの渋滞が減るわけですよ。で、クルマの避難完了率もあがる。自転車で逃げるのは、その人本人が津波から逃げられるだけじゃなく、クルマで逃げる人の避難も助ける。結果として全体(徒歩、自転車、クルマ)の避難完了人数が激増しました。これが津波避難における自転車の効用なのです。

——東日本大震災による犠牲者の死因のほとんどが、津波に巻き込まれたことによる溺死であったことや、南海トラフでも巨大な津波が想定されていることを考えると、津波から避難する手段を考えることは、とても重要なことだと思います。

Wikimedia Commons:津波によって破壊された岩手県陸前高田市小友町

疋田さん:そう、で、そこに出てくる疑問が「では、なぜ避難に自転車を使わなかったか?」ということなのです。東日本の例では、避難時の自転車使用率は、わずか3%前後でした。どこの地域であれ、日本の家庭に1台も自転車がない、なんてところは珍しいにもかかわらず。

——なぜでしょうか。自分なら自転車を選ぶ気がしますが。

疋田さん:いくつかの要因はあります。自転車は同乗者を乗せられない、避難後にクルマさえあれば何とかなる(中で寝ることもできる)、荷物を運べる、などです。しかし一番の理由は、やはり坂道なんですよね。津波からの緊急避難所は100%坂の上にあります。当然ですね、坂の下に避難所、などということはほぼ有り得ませんから。もしもそうである人は、そもそもその避難所に行く必要がありません。避難は上り坂。で、一般の人は「自転車は上り坂がしんどい」と、ココロの底から思ってます。ホントはそれほどでもないんですが、イメージがそうなのです。

——なるほど、そこに電動アシストですか?

疋田さん:その通りです。電動アシストならば「避難所に行ける」という発想になるでしょう。このイメージ的な問題は非常に重要なのです。先ほどの修士論文は、その後ブラッシュアップして、土木学会の査読を通過し、土木学会論文集に収録、学会での発表の機会を得ることができました。その際に指摘されたのが「イメージの問題が大きいのではないか」ということでした。じつはコンピュータシミュレーションの中で出てきたのが、ノンアシスト自転車(普通のママチャリ)でも、坂は登れるという事実でした。モデルとなった日南市油津地区の場合、最大津波高は14メートル。この14mは「もうダメ、登れない」のはるか手前なのです。通常ママチャリにとってでさえ。冷静になって考えてみれば、標高14mアップは、3%程度のユル坂で500m足らずです。オバちゃんだって普通に行けます。要はイメージなのです。自転車では坂道は登れないというイメージ。でも、そのイメージは思い込みであり、思い込みは強固です。だから、そこを崩すべく、電動アシストにする。ここがキモかなと現在の私は思っています。

——自転車、中でも電動アシスト自転車が津波避難の手段として有効なのは分かりました。逃げるべき高台が近くにあるという地理的条件は前提にあるとして、素人的発想では、そもそも自転車に乗れる人でないと使えない、日常的に使っていないとバッテリーに充電されていない、車体代が高い、という点も問題になります。一つ目については、高齢者向けやカーゴバイクとしてトライク型(三輪)の自転車も最近出てきており、解決策はあるのかなと思いますが。

T-TRIKEのSYNCHRO CARRY カスタム例(運転席の前に人を乗せる車体は、都道府県条例により使用の可否がある)。T-TRIKEは災害時の物資運搬用としても行政に導入されている。

疋田さん:そうですね、でも、日本人というのは「自転車に乗れない人がほとんどいない」という割合珍しい民族で、まあ手近に自転車がある人は「地震、即、乗っていけ!」ということですよね。これは東日本でよく言われた「津波てんでんこ」の精神で、とにかく逃げられる者から、てんでに高台に逃げればいいと思うのです。もちろんそれで無理な高齢者のためのカーゴバイクや、トライク型自転車もありでしょう。是非やっていただきたいと思います。でも、電アシ自転車の普及率が(最大の大阪でも)まだ20%程度という現状を考えると、そういう新しいものが普及するまでにどれだけかかるのかなとも思うわけです。今はとにかく電アシ自転車、“e-bike”の普及が先決なんじゃないでしょうか。たとえば、それでもダメな人を、公の機関が、特別なクルマで回収してまわる、とか、そういう体制を作るような可能性も考えてもいいかもしれないと思うのです。

——疋田さんは、電動アシスト付きのシェアサイクルの全車の鍵を緊急時に集中管理室から一⻫に外すことで、より多くの市⺠の避難が可能になることに言及されています。また電動アシストのレギュレーションを欧米並みにす る(リミッターを緩和する)という視点にも、素晴らしいと思いました。

疋田さん: そうなんです。これは我ながらグッドアイディアだと思ってまして、電アシ自転車を買えつったって、地方の方はなかなか買わないでしょう。これは無理ないことで、たとえば子育てに使うにも地方の場合、駐車場もあるし、クルマの方が便利です。単純に雨の日、カッパを着る必要がありません。しかも、地方で中古販売店を覗くと、軽自動車が電アシ子乗せママチャリの価格(15万円程度)で売られているわけですよ。だからこそのシェアサイクルの出番です。次の津波、おそらく南海トラフ地震に伴う巨大津波が来るわけです。その津波が直接襲う都市は、静岡、浜松、新宮、高知、宮崎などと、だいたい太平洋岸の風光明媚な都市です。シェアサイクルを観光用として導入するのはどうでしょう。もちろん電動アシスト。東京のドコモバイクなどと同じ型式に統一するのが融通が利いていいような気がします。これならいざというとき、一斉に鍵を外すことが可能です。平時は観光、非常時は避難、これによってひとりでも多くの人が救えればと思います。誰にとってもメリットはあるはずです。

シェアサイクルと疋田さん。

——「てんでんこボタン」というアイディアもあると聞きました。

疋田さん:そうそう、「てんでんこボタン」。これ何かと言いますと、緊急時のリミッター解除ボタンのことです。日本の電アシ自転車は、レギュレーションがいささかキツくて、低速時は最大アシスト力が人力1に対して2でいいんですが、10km/hからアシスト力が緩まり、24km/hでゼロにならなくてはならない。これを緊急時に限って10km/h以上も1対2を維持できるようにリミッター解除スイッチをつけてはどうかというのです。するとパワフルなままで高台まで避難することが可能でしょう。しかも一番いいのは「自分の自転車にはてんでんこボタンがついている」「だから地震時にはこれで逃げるんだ」という考えが生まれることです。そう、これもまた先ほどの「イメージの問題」と同じなんですよね。

 

我々が今できることは

——我々が今できることは何でしょう?

疋田さん:津波の恐怖が忘れられ始めています。今年10周年なのですが、今一度あの時のことを思い出していただく必要があると思います。南海トラフ地震は迫ってます。そしてその際に、トンデモない巨大津波が来ることもほぼ確実なのです。そのことを認識した上で「自分はどう避難するか」を考えていただきたいと思います。自分だけじゃありません。妻は、子供は、老父母は、と、自分の大切な人たちの避難手段も想定していただきたいと思います。その想定避難手段の中に、自転車を考えていただきたい。電アシであっても、そうでないとしても。自転車はあらゆる避難手段の中で、最も有効です。私は確信を持っていえます。

——核心を突かれました。そうですね、これだけメディアで取り上げられているので頭では分かっているのですが、何かふわふわと他人事のような気でいました。自分の中に対策を用意できていないので真正面から捉えられず、自然と逃げるように普段は忘れていて、不安だけが心の片隅に引っかかっているような不健全な状態だったのだと思います。今回は津波避難の手段として電動アシスト自転車についてお伺いでき、個人的にも、また行政を含め多くの方にも参考になったのではないかと思います。ところで疋田さんによる貴重な研究成果は、どこで詳しく触れられますか。

疋田さん:今回の論文は土木学会のサイトで読めます。

 *Link → 土木学会論文集F6(安全問題)

疋田さん:ただ、これではいささか敷居が高いので、NPO自転車活用推進研究会ホームページからKindle本で読むこともできるようにしました。

  *Link → NPO自転車活用推進研究会ウェブサイト『津波から自転車で逃げられるか』Kindle本

疋田さん:また随時「BiCYCLE CLUB」誌、「CYCLE SPORTS」誌などの私の連載で、自転車の社会的活用を論じてたりします。

——メールマガジンもありますよね。

疋田さん:そうそう、まぐまぐのメールマガジン『疋田智の週刊自転車ツーキニスト』も、ご興味があればどうぞ。

 *Link → まぐまぐ『疋田智の週刊自転車ツーキニスト』

疋田さんが掲げるパネルの「チームキープレフト」とは、自転車に関わる交通ルール遵守およびマナーアップ向上を目的とし、日本最大のスポーツ自転車フェスティバルを運営するサイクルモード事務局が、NPO法人自転車活用推進研究会との協業で2009年に発足させた活動プロジェクト。

 


 

疋田さんの文章はいつも、スーッと自然にカラダの中に染み込んできて心地がいい。それでいて歯に衣着せぬ物言いが痛快(今回はだいぶ遠慮されている様子だが)で、間違っていることは間違っていると発言される。普段から表裏なく、何事にも真摯に取り組んでおられるからこそ許される、信頼感あっての発言だろう。

今回の記事は、日本に住む以上、いつ大地震や津波に遭遇してもおかしくない一人として多くの人に知ってほしい、また国や地方自治体、企業など、多くの人の命を救える立場にある人にもぜひ知ってほしいと思います。

 
*この記事で紹介している情報は、2021年3月時点の取材に基づいています。

この記事を書いた人

チャイ職人△Te28ok

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