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Q & Aで紐解く、バイシクルメッセンジャーの生態 case.2 SANGTAE
2022.11.15

「1日に最も自転車に乗っている時間が長い仕事」と言っても過言ではないほど、自転車と密接な関係にありながら、世のサイクリストたちからしても意外と知られざる職業である、バイシクルメッセンジャー。
ともすれば3Kな仕事とも取られるいわば「肉体労働の典型例の一つ」である業務内容の一方で、「メッセンジャーカルチャー」とも言われる、従事する若者たち独自の文化や価値観との結びつきによって、どこか華やかで「憧れの職業」ともされるという二極性を持っており、全盛期である2000年代後半にはカリスマメッセンジャーと言われるような、光を放つ人間たちが確かに存在した。
他のカウンターカルチャーとも共通するような価値観や文化的側面も見え隠れするその存在感ゆえに、筆者含め30オーバーな自転車乗りにとっては少なからず影響を受けている人間は少なくないはず。
文化の全盛期とされる2000年代後半から現在に至るまで、第一線で路上を走る経験を積んだ2名のメッセンジャーにQ & Aを行い、その知られざる生態の一部を紐解くシリーズ、2人目はSANGTAE氏。
国内でメッセンジャーカルチャーが最も影響力を及ぼす前から業界に飛び込み、一時期は業務から退くも、カムバックした後は、メッセンジャーカルチャーを象徴する世界的イベントCMWC(*1)の2023年横浜開催に向けて、中心になり奔走する人物だ。
*同シリーズ1人目、MATUDO氏のインタビューはこちらより。
手前味噌にはなるが、いずれもプロフェッショナルな2名だけあって、この職業が持つ前述の「二極性」のようなものが、「アンダーグラウンドで自立した精神性と、それでいて積極的に社会に関わろうとする社会性」という本人たちのマインドに変わって、そのまま昇華されているのだなと実感した。
*1 CMWC
Cycle Messenger World Championshipsの略。サイクルメッセンジャーの世界大会。年に一度、世界中から有志のメッセンジャーが開催都市に集結し、誰が最も強く、賢く、速い、最高のメッセンジャーかを競い合う。メッセンジャーカルチャーが隆盛を極めたともいえる2009年には東京で開催。「模擬デリバリーレース」ともいえるメインレースを中心として、メッセンジャーおよび自転車の文化を、広く知ることのできる場としても機能している。開催される競技はすべて、International Federation of Bike Messengers Associations(IFBMA)によるレギュレーションに則ったもので、「競技は封鎖したコース内で実施する」「すべての参加者は保険加入が義務」など、十分な安全配慮のもと行われる。

メッセンジャーネーム:サンテ(SANGTAE)
出身地:東京(西多摩の方)
生業:メッセンジャー。現在は横浜のクリオシティ所属。
好きな数字:21(ジダンのユベントス時代の背番号)
自転車を始めた年:幼少期から普通の自転車は乗っています。スポーツバイク(ロード)はメッセンジャーを始めた2005年の21歳から(現在38歳)。
メッセンジャーを始めた年:2005年の夏。
影響を受けたメッセンジャー:たくさんいますが、特に名前を挙げるとすれば、全部先輩ですがSINOさん、校長、ニッシーさん、T2Yさん、寿理さんなど2009年に東京で開催されたCMWCの実行委員メンバーや、ヤナケンさん(クリオシティ代表)。今は若者たちから刺激を受けることが多いです。
アガるエリア:東京は、皇居の桜田門を入ってからの丸の内ビル群の夜景。横浜は、澄んだ空気のときに見えるベイブリッジからのみなとみらいと富士山。自転車では見られないので、いつか走れるようにしようとヤナケンさんと画策中です。
ベスト昼メシ(≒ 仕事中のご飯で好きなもの):仕事中のごはんで好きなのは、ブロッコリーとささみとご飯に、塩とオリーブオイルをかけたもの。飽きずに毎日食べています。
ベスト夜メシ(≒ 仕事終わりのご飯で好きなもの):特にないです。なんでも美味しいです。
仕事中に気をつけていること:自転車で走行中は、道路をシェアする車や他者への配慮。接客は挨拶と笑顔。
仕事中のラッキー:連絡を取りたい人や会いたい人に、街中や建物で会えたりすること。昔から不思議とシンクロニシティを感じることが多いです。
トラウマ:受注を受けたことを失念して、クライアントにご迷惑をかけたこと。後日、菓子折りを持って謝罪に伺いました。
メッセンジャーあるある:1日を走り終えてのご飯がおいしい。
危機の交わし方:360度に視野を広げる感覚。3つ先の信号まで見通し、タイミングを予測する意識。
失敗して良かったこと:日々失敗して日々勉強です。
だからこの仕事がやめられない:昔も今も自転車に乗り、メッセンジャーバッグを背負って仕事をしている姿を、先輩・後輩に関わらず、かっこいいなと羨望のような眼差しで見ています。自分が思う「かっこいい」の最上級が街を走るメッセンジャーたちです。
愛車遍歴:メッセンジャーを始めてすぐに買ったのが、エディメルクスのロードバイク(クロモリ)で、CMWC用に買ったのがフレーム分割式のリッチーのピストバイク。その他もろもろありましたが、現在はオムニウムのカーゴバイクしか乗っていません。
自転車へのこだわり:昔は軽くて丈夫なパーツを好きで集めていましたが、最近は特にありません。“弘法筆を選ばず”の精神で、自転車という乗り物全般を肯定する気持ちです。
自転車以外へのこだわり:足が短いのと、裾がクランクに絡まないようにという理由で、昔からパンツのシルエットはテーパードが好きです。
15年前の目標:2007年はメッセンジャーを辞めて、親戚の鞄屋でミシン修行。その後、広島の備後地区でメッセンジャーのジーンズが作りたくて工場で働いていました。憧れのビッグメゾンのデニムを縫ってましたね。今はほとんどミシンに触れていないですが、メッセンジャーのワークウェアを作りたいとはまだ思ってます。
現在の目標:CMWC 2023 Yokohamaに向けてチーム一丸となり、横浜を中心とした日本のメッセンジャーコミュニティ全体で、世界のメッセンジャーたちを迎え入れたいです。2022年はニューヨークでの開催でしたが、そこには行けなかったけど横浜大会を楽しみにしている海外のメッセンジャーたちがたくさんいると思うので。そして次世代の若者たちがリーダーシップを取れるように文化を引き継ぐこと、気候変動への有効なアクション(脱炭素)として自転車配送(特にカーゴバイク)を全国へ広げていくこと。それらすべてが今の目標です。
毎日欠かさずやること:特にルーティーンはないです。

-一問一答ありがとうございます!ここからは答えの中でいくつか気になったことを聞きたいです!
まず、経験年数や影響を受けた方からしてもいわゆる「メッセンジャーカルチャー」のド真ん中をリアルタイムで感じられたのだろうな、と。
時代を経て取り巻く環境も大きく変わってきているとは思いますが、あえて当時の雰囲気の良い点と、今の雰囲気の良い点をそれぞれ一言表現するならどんな感じでしょう?
どちらも一言は難しいですね 笑。
まず昔だと、当時の事を思い出すと「メッセンジャーみんなめちゃくちゃかっこよかった」ですかね。ちょうどその期間、業界から一度抜けてるんですが、雑誌にもメッセンジャーがよく取り上げられてて、かっこいいし、SINOさんを筆頭に当時から衝撃的なスピードのメッセンジャーがたくさんいて、だからそれで一回諦めたというか自分は足元に及ばない、向いてないなと思って一回離れましたね。
一方で、現在はというと…強いて言うなら「混沌から再生」みたいなすっごい抽象的になってしまうかもしれないです。個人的にはCMWC2009の東京大会をきっかけに広島のミシン修行から戻ってきたんですけど、期間限定でメッセンジャーに戻ってきたはずが次のCMWCグアテマラに参加したのをきっかけにして、ずっと期間延長で続けて今に至る感じです。
メッセンジャーを増やしたいという思いで続けてきましたが、リアルには企業のペーパーレス化をはじめとして、様々な要因でどんどん減っています。ただ、そのペーパーレスという概念の目指す先の一つが「気候変動に対するアクション」だったとした時に、そもそも「脱炭素の配送」を意識することも大きなアクションになり得るわけで。
今は「だから自転車便、メッセンジャーを選択する社会にしよう」って言うと「ん?」ってなる人もまだまだ多いんですけど、例えば「サイクルロジスティクス」という言葉がヨーロッパを中心に発信されているように、我々も地道に発信していくしかないですね。

-確かにその通りですね。話は変わり、サッカー好きだという雰囲気をなんとなく感じ取りましたが、仕事中の昼食もかなりストイックですし、やはり昔からスポーツマンだったのでしょうか?
小学校からサッカーをやっていたので筋力はその時のがいくらか役に立ったかもしれないです。
昼食は確かにメニューがストイックそうですがシンプルで美味しいから食べてるだけですね。何食べようかとか昼に考えなくて良いので。普段考える事がいっぱいあって服装とか食べ物とかはあまり考えないようにしたいと思ってます。なるべくですけどね。
-別でお話をお伺いしたMATUDOさんもそうですが、「危機の交わし方」に関しての回答が、急にグっと職業柄が出てきますね…笑。一般的な感覚の自分たちからすると一種の特殊能力のようにも感じますが、こういう感覚は日々のデリバリーで備わっていくものなのでしょうか?それとも身につけるための研修や訓練などがある?
これは十年以上メッセンジャーやった人だけが身につけられる特殊能力で第六感が発達するんですよ。と言いたいところですが特に根拠はありません 笑。真面目に言えるのは、新人研修の時とかも教えてますけど、一番大事なのは「スマートさを忘れない」こと。ちゃんと見られてる意識を持っていればハンドサイン出したり、止まったりしますよね。それで危険や危機の多くを回避できると思います。だからこそ、街の自転車乗りでメッセンジャーが一番紳士的であってほしいと願ってます。
-CMWCというイベントはSANGTAEさんにかなり大きな影響を与えているイベントの一つのように感じます。興味があるけど行ったことがない方のために説明するなら、どういうイベントでしょうか?一般の方でも見に行っても良いものでしょうか?
サッカーの流れもあったので例えると、ワールドカップってプロの中のでも本当に選ばれた一握りの選手しかいけませんよね。一方で、CMWCという「メッセンジャーのワールドカップ」は参加する意思があればたとえメッセンジャーでなくとも参加できます。
勿論メッセンジャーであるからこそ楽しめるイベントかもしれないですが、初めて海外のCMWCに訪れた時の感動は未だに忘れられないです。海外のメッセンジャーたちと一体となり本当に大きな家族のような、SNSでは#MESSFAMってタグがあるように、世界中のみんながそう思ってる共通の感覚がある。不思議ですね。
言葉ではすべてが伝えられないけど、メインレースも、開催期間中に毎日あるパーティーも、私の目にはメッセンジャーたちがみんなキラキラと輝いて見えるんですよね。心から人生を楽しむ時、その瞬間の輝きみたいな。
一般の人というか私自身もずっと尊く愛おしい生き方を選ぶメッセンジャーたちのファンだと思ってるので、同じように思って応援してくれる方々には遠慮なくCMWCの横浜大会やその前哨となるJCMCを見に来ていただけたら嬉しいですね。

-世界の中で、日本人のメッセンジャーはレベルが高い?
国民性からか、意外と真面目なメッセンジャーが多いのでレースに関してはレベルが高い時期もあったと言えると思います。ただ今は国内のイベントすら久しく存在しなかったのを含めて、CMWC以前に日本のメッセンジャーの総数が減ってるのが現状です。
それを「どげんかせんといかん!」とちかっぱ、ラスカル、そしてヤナケンさんと立ち上がったのが今回のCMWC 2023 Yokohama開催への思いの原点です。そして、そんな中でちかっぱが今回のニューヨーク大会での優勝 * を持って帰ってきてくれたのは、本当に勇気づけられます。
*2022年10月27日〜31日にニューヨークで開催されたCMWCにおいて、ファミリーである ちかっぱ さんが日本人として史上3人目・13年ぶりの快挙を成し遂げた。
-最後に一言お願いします!
まずは11月19日(土)に横浜・赤レンガ倉庫&パークで開催されるCMWCの前哨戦、JCMC(Japan Cycle Messenger Championship)をたくさんの方々に見に来ていただきたいです。もちろん一般のエントリーもウェルカムです!私は人前で話すのも得意ではないですし、特に自分自身に注目してもらいたいわけではありません。ただ、JCMCからCMWCまでに続く軌跡の中で、自分の人生で最高にかっこいいと思っているメッセンジャーの生き方を誰かに共感してもらえたら、そしてメッセンジャーの数が仕事と一緒に増えていく日本社会になっていったら、それが本望です。

SANGTAE サンテ
18歳でジーンズブランドのショップスタッフを経験したのち、NYCの『メッセンジャー・スタイル』という写真集を見つけたのをきっかけに、2005年(21歳)から東京でメッセンジャーを開始。会社をいくつか渡り歩いたのち、現在は横浜のクリオシティに所属。デリバリー業務の傍らで営業やイベント活動を担い、バイシクルエコロジージャパンやゼロエミッション横浜という団体に参画。2018年にはCMWCの招致活動と連動して日本メッセンジャー協会(JPBMA)を発足し、現在はJCMC 2022 Yokohama/CMWC 2023 Yokohama実行委員会において委員長を務める。
JPBMA ( JCMC 2022 Yokohama/CMWC 2023 Yokohama 実行委員会 )
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