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ボクらは怪しい探検隊!マニアといく自転車散歩vol.3「ナポリタンマニア イートナポさん編」
2024.11.13
マニアというのは、大体において怪しい。住宅街の道端にしゃがみこんでいる人がいて、体調でも悪いのかなと思って近づいてみると、マンホールマニアがマンホールの写真を撮っていたりする。ひとん家の石垣をじっと見つめている人がいて、ドロボー集団の下見係の人かも!と思ってするどく睨んだりすると、苔マニアが石垣のすき間に生えているスナゴケを愛でているだけだったりする。マニアは怪しいし、紛らわしい。しかしながら、なにかに夢中になっているその姿は、少々うらやましくもある。この連載では、そんな怪しくもうらやましいマニアの方々の案内で、マニアの世界のほんの入口を少しだけ覗いてみたいと思う。
目次
全国2600店のナポリタンを食べた男
マニアと行く自転車散歩、第三回目の案内人はナポリタンマニアのイートナポさん(以下ナポさんと書きます)。ナポさんは、今から18年前の2006年に、最初は軽い気持ちからナポリタンの食べ歩きを始めたものの、毎日のようにナポリタンを食べているうちに、いつしかナポリタンを食べないと禁断症状が出てしまうような重度のナポリタン中毒の人になってしまい、今や未知のナポリタンを探し求めて、日本中を旅しているという、グレートなナポリタンマニアである。
そんなナポさんと待ち合わせをしたのは、10月某日の午前9時半、東京都文京区にある目白台運動公園の噴水前。なぜそんなところで待ち合わせをしたのかというと、そこから自転車ですぐのところにある「ハイウェイ」というお店が、最初の目的地だからである。
ハイウェイの開店は午前10時。ちょっとばかり時間があるので、ナポさんにいろいろ聞いてみた。まずは今までにどれぐらいのお店のナポリタンを食べたのか?答えはおおよそ2600店。う~ん、すごい!毎日違うお店に行ったとして7年以上かかる計算だ。
次に、会ってすぐに聞くのも無粋だなあと思いつつも、「今まで食べた中で、好きなナポリタンのお店をいくつか挙げるとしたらどこですか?」と聞いてみた。「う~ん、困ったなあ。選ぶの難しいですね」的な答えが返ってくるかもと思っていたら、あっさり、「新橋のポンヌフ。それともう閉店してしまいましたけど、同じく新橋にあったポア。それとここも閉店してしまいましたけど、五反田にあったプランタン。この3つのお店のナポリタンが、味、お店の雰囲気、あと食べたときの自分の状況とか気持ち、そういうのをぜんぶひっくるめての個人的ベスト3です」と教えてくれた。
そして、「今から行くハイウェイのナポリタンは、この3つに食い込んでくるようなナポリタンなんです。ナポリタン界のニュースターなんです」と言う。ハイウェイの開店まであと5分ぐらい。そろそろ行きましょうか、と言って、自転車に乗って走り出す。はたしてどんなナポリタンなのか、期待が高まる。
ハイウェイはナポリタン界のニュースター
あっという間にハイウェイに到着。下の写真の、おそうじ本舗と書かれた青い看板のある店舗の右隣、パッと見、飲食店には見えない外観のお店が、ナポリタン界のニュースター、ハイウェイである。そして手前の男性が、ナポリタン2600店男のナポさんである。早速店の中に入ってみよう。
席に着き、横を見ると、昭和レトロな模様入り板ガラスの窓があり、そこにメニューが貼り付けてあった。迷わずナポリタン(950円)を注文する。で、ナポさんはというと、「ナポリタンライス頼んでもいいですか?」「大丈夫です」という簡単なやりとりの後、ナポリタンライス(1050円)を注文。前から気になっていて、食べたかったそうなのだ。
待つこと10分。最初にナポさんのナポリタンライスが運ばれてきた。お店のご主人が言うには、チキンを使っていたらチキンライスなんだけど、豚肉を使っているので、チキンライスとは言えず、かといってポークライスというのも違うということで、ナポリタンライスと名付けたそうだ。見るからに旨そう!
ナポリタンライスを前にしてうれしそうなナポさん。ナポリタンスパゲッティではなく、いきなりナポリタンライスを頼むあたり、よくわからないけどマニアの凄みを感じさせる。付け合わせのピクルス(これも旨い!)を口に入れた瞬間にパシャっと撮影。
続いて、アツアツ炒めたてのナポリタンが到着。ケチャップの香り濃厚。ネットリモチモチの太麺。由緒正しい喫茶店のナポリタンだ。写真ではわかりずらいが、湯気がモウモウと立ち上がっている。これも旨そうだ!
出てきたナポリタンを見て、「あぁ旨そう。スパゲッティの方も食ってしまいたい」という表情のナポさん。
で、食べてみた感想は、まさに見たまんま、見た目どおりに旨かった。いや、見た目を上回る旨さだったかもしれない。おいしいものを腹いっぱいに食べたしあわせな気持ちに後押しされるように、オーナーの平さんにごちそうさまの声をかけ、ついでにナポさんとのツーショット写真を撮影。
平さんは元保育士で、以前この辺りの保育園で働いていたそうだ。カフェのような、食堂のような、ケーキ屋さんのような、居心地の良い空間を作るのが昔からの夢で、「さて、どこにお店を出そうか?」となったとき、街の雰囲気が気に入っていたこのエリア(目白台)で空き店舗を探し、そしてハイウェイをオープンしたという。現在は奥さんとふたりでお店を切り盛りされているそうだが、残念ながら奥さんは買い物で不在だった。
目印の看板。ナポリタンが好きな方はもちろん、そうじゃない方もぜひ一度行ってみてください。とても居心地の良いお店です。
街の巨匠のナポリタンと焼きソバのケチャップ炒め風ナポリタン
朝の10時から濃厚な太麺ナポリタンを食べて、すでにお腹いっぱいだが、ナポリタンを巡る自転車散歩の旅はまだ始まったばかりだ。ここで、本日の行程をざっくり紹介しておくと、食べる予定のナポリタンは2つで、ひとつは先ほどのハイウェイのナポリタンで、もうひとつは北区西ヶ原にある純喫茶ナイルのナポリタン。ハイウェイから純喫茶ナイルまでは、自転車で5キロちょいの道のりなので、そのルート上に点在するナポさんオススメのナポリタンのお店を、右へ左へと寄り道しながら辿っていこうという計画である。
ハイウェイを出発して、春日通り沿いをJR大塚駅方面に向かって走っていたら、急にナポさんが「オッ」という声を出して自転車を止めた。聞くと、「ちょっと気になる喫茶店を見つけました」とのこと。それが下の写真の矢印の喫茶店。COFFEESHOP CONAという看板がたしかにある。
自転車を下りて、店の前のメニューをのぞき込むナポさん。
「ナポリタン、ありますねー」というナポさんのうれしそうな声が聞こえてきた。
ナポさん的には、こういうふうに通りすがりにたまたま見つけたナポリタンを食べるのも、一期一会の運命的な出会いのようで、楽しくて好きなんだそうだ。
店の前で当初の予定を変更して食べていくかどうか相談していたら、ナポさんがこんな話をしてくれた。
「自分の勝手な想像なんですけど、こういう都心部の古いマンションの1階に入っている喫茶店って、なんとなくマンションのオーナーが経営してそうな気がするんです。想像というか妄想に近い話なんですけど(笑)。仮に、もしそうだとしたら、お店の家賃を払う必要がないので、経営的にかなり余裕があるという話になりますよね。」
「そうなると思います」
「となると、原価率高めで、ものすごくおいしいとか、ものすごく大盛りとか、ものすごく具が豪華とか、ナポリタンにたいする期待値が自分の中でにわかに高まってくるわけです。あくまでも仮定の話ですけど」
「仮説として、まったく間違ってないと思います」
「そういうふうに勝手に想像をめぐらすというか、妄想を膨らませながら、メニューを眺めて、店内を観察して、厨房の奥の方をそれとなく覗いたりして、それからナポリタンを食べる。そうすると、また違った味わいがあるというか、面白さがあるんです。もちろん、自分の想像が、まったく的外れなことも多いとは思うんですけどね(笑)。」
こんな話を聞いてしまうと、これはもうどうしても食べてみなければ、そしてCOFFEESHOP CONAのナポリタンは、本当に原価率高めのコスパに優れたナポリタンなのかどうか、しっかり見きわめなければ、などと思ったのだが、でもやっぱりここでは食べないことにした。ナポさんの「ここで食べるとナイルのナポリタンがしんどくなりますね」というアドバイスに従うことにしたのだ。
そのさりげない一言の中に、お腹いっぱいの状態で無理やり食べても、本当の美味しさはわからんでしょう、というナポリタン道を突き進む男の矜持のようなものを感じたのだ。実際ナポさんは、2~3時間ぐらいの中でナポリタンを連食する場合、かならず麺少なめにしてもらうそうだ。
先に進む。COFFEESHOP CONAから自転車に乗って10分ちょい。JR大塚駅から歩いて3分ぐらいのところにあるCAFE GOTOOに到着。到着と言ってもここでは食べないので大変申し訳ないのだが、ここのナポリタンはナポさんいわく、清く正しく上品な洋食屋のナポリタンなんだそうである。「喫茶店のナポリタン」とナポリタン界の勢力を二分する「洋食屋のナポリタン」の代表選手として、紹介しておかねば!と思ったそうである。ちなみにCAFE GOTOOは、すぐ近くにある洋食GOTOOの姉妹店であり、洋食GOTOOは以前、堺正章さんの「チューボーですよ!」という料理番組で、街の巨匠としてなんども紹介されていたそうなので、なんとなく聞き覚えのある方も多いかもしれない。
続いて紹介するのは珈琲専門店伯爵の巣鴨店。なんというんだろう、ドラキュラ伯爵の住むルーマニアの古城風というか、高速道路のIC付近に残る古いラブホテル風というか、なかなか印象的な外観の喫茶店である。肝心のナポリタンについては、ナポさんいわく、ナポリタン好きをけっして裏切らない、王道正統派の喫茶店のナポリタンが出てくるそうである。
伯爵の次にやってきたのは、上中里の中華ファミリーレストランふじもと。この日は定休日で、そんなことはもちろん事前の下調べでわかっていたのだが、文京区と北区周辺のナポリタンを紹介する上で、ここを外すわけにはいかないというのでやってきたのだ。ここのナポリタンは、焼きそば(中華麺)のケチャップ炒めというべきもので、独特の食感と味わいがあり、ナポリタン好きなら一度は食べておきたいナポリタンなんだそうだ。
ナポリタンはアルデンテより茹で置き
中華ファミリーレストランふじもとの前で時計を見ると11時45分。ハイウェイを出て1時間半ほど経ったことになる。なんとかお腹もこなれてきたので、おすすめナポリタン店の「外観だけ紹介コーナー」をここで終え、純喫茶ナイルに行って、本日2皿目のナポリタンを食べることにする。ちなみに中華ファミリーレストランふじもとから純喫茶ナイルまでは、歩いて20分、自転車で10分ほどの道のりである。
純喫茶ナイルは、小道や路地の入り組んだ住宅街の真ん中にデーンとある、地元民愛用の喫茶店らしい。前を走るナポさんが「迷わなければすぐなんですけどね」と言いながら住宅街に分け入っていくので、そのあとをついていく。
路地マニアが喜びそうな、小道が複雑に交錯する街並みを、多少の遠回りを交えながらクネクネ走ること15分、純喫茶ナイルに到着。さっそく店内に入る。
店内の様子。4人掛けのテーブルがたくさん配置されているせいか、広々とした印象。ふたりして迷わずナポリタンセット(950円)を注文。
待つことおよそ8分、ナポリタン到着!茹で置きの中太麺に、ウインナー、マッシュルーム、ピーマン、タマネギを入れてしっかり炒めた、お手本のような喫茶店のナポリタンだ。
ここで「茹で置き」について簡単に説明しておくと、茹で置きは喫茶店のナポリタンを作る際に絶対的に必要な工程で、茹でた麺を冷蔵庫でいったん寝かすことをいう。寝かす時間はお店によってマチマチで、1時間程度のお店から一晩寝かすお店まで様々だ。茹で置くことで、麺が水分をたっぷり吸って、喫茶店のナポリタン特有のモッチリとした食感になる。「ナポリタンはアルデンテより茹で置き」。取材中、ナポさんから何度か聞いた言葉である。
食べられなかったレトロ喫茶のナポリタン
さて、当初の予定では、純喫茶ナイルのナポリタンを食べたら、本日の自転車散歩は終了、そして解散という段取りだったのだが、じつはまだほんの少し自転車散歩の旅は続く。というのも、途中でJR大塚駅の近くを通りかかったときに、昭和からズドンとタイムスリップしてきたような、タバコの煙と読み古されたゴルゴ13が似合う、レトロな喫茶店を見かけ、そのときにナポさんから「ここにもナポリタンがあるみたいなんです。前から気になっているんです」と聞き、最後、お腹に余裕があれば、ここに戻って来て食べましょうという話をしていたのだ。
純喫茶ナイルを出て、ナポさんに「もう一皿、いけますか?」と聞くと「麺少なめなら」とのこと。「じゃあふたりで分けましょうか」「半分なら美味しく食べられそうですよね」といった会話を交わしつつ、来た道とは別の道を通り、ふたたびJR大塚駅に戻る。なぜ別の道を通るかというと、それがまだ見ぬナポリタンと出会うための、ナポさん流のフィールドワークだからだ。都内においては、駅近のナポリタンはほとんど味わい尽くし、今は駅から離れた住宅街の中のナポリタンに攻め込んでいるそうなのだ。
そしてこちらが昭和から建物ごとタイムスリップしてきたと思われる喫茶店「コーヒーいちこし」。お店の人が聞くと失礼な!と思うかもしれないが、そう見えてしまうのだから仕方ない。許してほしい。
で、店先に自転車を止めてチェーンをかけていたら、先に入ったナポさんが大声で「うわー!!」と言いながら出てきた。なにごと!?と思って聞いてみたら、「ナポリタンありますか?」と店の人に聞いたところ、「やってない」と言われたそうだ。
ナポリタンがないというだけで、うわー!と大声で叫ぶ。大の大人がみっともないとか、恥ずかしいとか、そう思う人もいるかもしれない。でも、楽しみにしていたナポリタンを食べられず、心底悔しがるナポさんを見て、(ナポさんは本気なんだな。本当の本当にナポリタンが大好きなんだな)と、なぜだかほんの少し感動してしまった。ナポさん、お店の人に不審に思われようと、あなたはとてもカッコいいですよ!
と、ナポリタン道を突き進むナポさんの本気を垣間見て、その気迫に圧倒され、感心し、魅了されたところで、今回のレポートを終えたいと思います。
あとがき(ナポさんへのエール)
取材中、ナポさんに「今までに日本のナポリタンの何割ぐらい食べたかんじですか?半分くらいですか?」と聞いたら、「全然。1割ぐらいじゃないですか。いや1割というのもウソだな。2%ぐらいだと思います」という答えが返ってきた。
取材を終え、自宅に帰って調べてみたところ、全日本コーヒー協会の調査データ(2021年版)が見つかり、それによると日本の喫茶店数は58,669店だそうだ。さらに総務省統計局の調査によると、喫茶店の店舗(事業所)のうち、25%がスターバックスやドトールなどに代表される法人店舗で、残りの75%が個人経営の喫茶店ということなので、ざっくり日本には44,000店ほどの個人経営の喫茶店があることになる。
仮に、その半分の喫茶店がナポリタンを提供しているとして、22,000店。さらに洋食屋さんにもナポリタンはあるし、最近はナポリタン専門店というのも増えてきているし…。うーん、計算するのが面倒になってきたが、ナポさんのいう2%というのは謙遜がすぎるとしても、1割というのは当たらずも遠からずなのかもしれない。
ともかく、ナポさんのナポリタン探求の旅はまだまだ果てしなく続くのは確かなようだ。がんばれ、ナポさん!負けるな、ナポさん!
参考:HP イートナポさんのブログ「ナポリタン×ナポリタン Let’s eat napo!」
参考:イートナポさんのX
参考:今回の自転車散歩のルートマップ
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