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旅の写真家からみたカメラ機材、移動手段としての自転車の装備
2020.10.14
写真も旅も自転車も、世間では趣味やライフスタイルとして愉しんでいる場合がほとんどで、結果や効率に縛られずに自分の好きなように熱中できればそれでいい。一方で、プロの世界がある。“結果が全てで、そのためにどうすればいいかを常に真剣に考えている。持ち運ぶ機材には割り切りも必要。荷物が多いと移動に支障が出るので、カメラ本体はいつも1台。壊れたり、盗まれたら日本から送ってもらえばいい。自転車に積載する際は防犯面を優先。完全防水のバッグを使っていても、中身がわからないように黒いゴミ袋に入れて走る。”
今回は、「旅の写真家 うえやまあつし」として活動されている上山敦司さんに、プロ目線でみた旅へ持っていくカメラ機材や自転車について伺った。
敦煌とイスタンブールから始まった旅人生
「大学の時に父からカメラをもらい、シルクロードへ行くときにキヤノンの一眼レフを買った。子どもの頃にNHKのシルクロード特集でシルクロードの風景を見て、自分の目で見たくなった。高校の頃は喜多郎のシンセサイザーの音楽が流行っていた。沢木耕太郎の『深夜特急』を読んで再び思い出し、3回生になって実際にシルクロードの要衝 敦煌まで行くことにした」。NHK特集で知ったシルクロードの姿、仏教遺跡、砂漠、赤、黄、白、黒、橙色の砂、真っ青な空、広いタクラマカン砂漠、遠くの山脈、朽ち果てた万里の長城…それらの映像がシンセサイザーの音楽とともに強烈なインパクトをもって一気に身体に流れ込んできた。同世代の者にとってその一連の経験は(しばらく忘れていたことではあるが)昨日のことのように鮮明に思い出される、大きな社会現象であった。そういう時代だった。
上海を目指し、大阪港から鑑真号に乗り込んだ。いよいよ自分は旅に出たのだ、と感慨に浸る上山さんだったが、同じ船に乗り合わせたバックパッカーたちの壮大な話<インド、シベリア鉄道、ポルトガルにあるロカ岬(ユーラシア大陸最西端の岬)の話など>に触発され、2ヶ月ほどかけて列車とバスを乗り継ぎイスタンブールまで行った。東洋と西洋の文化が交差する町で、悪い人と同じくらい良い人に出会い、旅先での人との出会いに病みつきになった。「僕も撮ってー!」銀塩写真の時代、デジカメと違ってその場で見せることもできないが、写真を撮るとみんな喜んでくれる。勢いでトルコまで行った最初の旅でコミュニケーションのツールとしてカメラを意識し、その後今に至るまで、旅先での撮影行為が生涯をかけたライフワークとなった。新疆ウイグル自治区を訪れた時、シルクロードを撮っているカメラマンがいた。写真に対するこだわり、撮影するための粘り、姿勢が格好良かった。憧れとともに本気度を見た。その経験もその後の撮影スタイルに大きく影響した。
大学時代にバックパッカーとして一眼レフを持ち 、中国上海から陸路でパキスタン、イラン、トルコへと一人旅をしたことがきっかけで旅の面白さに目覚めた上山さん。カメラを通した現地の人とのコミュニケーションの面白さから旅するときはカメラを持ち歩くようになり、以後、会社員となってからも1年に1回、約2週間の休暇を使い、1つの国をゆっくりまわる旅をするようになった。ネパール、カンボジア、ラオス、タイ、イスラエル、オーストラリア、イギリス、 ケニア、セイシェル、キューバ、アラスカなどを旅する。2度目のアラスカでは、自転車にキャンプ道具を積んでアンカレッジからフェアバンクスまでを縦走した。
「旅の写真家 うえやまあつし」として活動し始めたのは50歳になってからで、今年で4年になる。50歳のスタートの年はヨーロッパに広がるキリスト教の巡礼道サンティアゴ・デ・コンポステーラ1,700kmを歩いて旅をした。51歳の夏は、ベトナム縦断。南部のホーチミンでシティサイクル(いわゆるママチャリ)を購入し、北部のハノイまでの2,000kmを走って撮影活動をした。そして昨年、7月中旬から9月上旬まではスリランカを、前半はミニベロで2,400km走り、後半2週間は鉄道で輪行しながらの旅をした。
上山さんは前職でロケーションコーディネーターの仕事をされていた。ロケで撮影を行うために撮影候補地を提案したり、ロケハンして情報を提供するもので、多くの場合それまでの豊富な経験が生かされる。ミニベロの自由さや身軽さが大好きで、電車や車に積んではいろんな街を巡ってきた。さっと折りたたんで電車へ。車の場合は、目的地のパーキングでさっと組み立ててまるでその土地の人であるかのように走り回る。その街に溶け込めるミニベロは上山氏の価値観にぴったりだった。そんなミニベロを使ったらきっと楽しい旅になるだろうなぁ、と考えたところからスリランカの旅を企画した。
「旅の写真家」的 カメラと自転車の装備
上山さんの旅は、キャンプをしながら自転車で走るというアドベンチャーの旅ではない。自転車で移動しながら写真を撮ることが目的の旅。夜はゲストハウスに泊まるし、食事も自炊ではなく食堂で食べる。テントもシュラフもバーナーも持たない。基本は、カメラ機材と衣類、日用品だけだ。以下、2019年のスリランカの旅での装備から振り返る。
カメラ機材はよく使う広角、標準、望遠のズームレンズを3本とカメラ1台の構成にした。カメラ本体はいつも1台だ。壊れたり、盗まれたら日本から送ってもらえばいいと割り切っている。余分に持つ余裕はない。カメラ機材の雨対策も重要。雨の日は晴れの日とは違う表情を見せてくれる。カメラは水に弱いからとバッグの奥底に仕舞っておいたら撮影はできない。前年、ベトナムをシティサイクルで走ったとき、首からぶら下げるカメラ用の簡易防水バッグを使った。これが結構重宝したので今回もそれを使う。小雨ならそれで十分だ。そのほか、撮影したデータを取り込むためのノートパソコン、バックアップ用の外付けHDD2台とガジェット関連。これらをカメラバッグに収納し自転車のフロントに積む。
日本と違って、荷物を置いて離れることは、盗られても仕方がないと思わないといけない。だから、モノが多くなると守るものが多くなる。すると、とっさの一歩が出なくなる。自転車から離れられず、興味のある被写体や風景を深追いできなくなる。それを避けるために自転車を離れるとき、リアに積んだ荷物は最悪取られる覚悟できるだけのものにした。自転車を離れるときは、フロントに積んだのリュックタイプのカメラバッグを背中に背負う。
自転車はDAHONのMu D9をベースに、オプションパーツの前後ラック(Traveler Rack 20”)と泥除け(SKS Mudguards)を装着した。またその後試走をするなかでフロントに積むカメラバッグの座りが悪かったので、浅い前かごを追加している。DAHONは世界最大のフォールディングバイクブランドで、折り畳み自転車のパイオニアとしての歴史や膨大な特許数から、世界的シェア、ユーザー数を誇る。先進国ではレンタサイクルが普及している都市も多いが、利用できる場所や時間、車種には制限がある。そこで、車や公共交通機関を使って旅先に自分の自転車を持ち込む方法が取られ、簡単にコンパクトにできるフォールディングバイクが重宝されている。弓型フレームが特徴のMuシリーズは20インチサイズのロングセラーモデルで、誰でも直感的に扱える3ステップの折り畳み方法(DFS Technology)を採用している。
自転車で自走する時は荷物を自転車に積載するが、自転車を折り畳んで持ち運ぶ際にバッグが多いとその分移動が困難になる。そこでこの時は、リアラックにカヌーで使っていた筒型の防水バッグを載せることにした。衣類は、Tシャツやパンツ、靴下などは着用分と替えの計2枚。長ズボン1本、短パン1枚。防寒はレインウエアをウインドブレーカー代わりにする。石鹸は半分にカットしたもの。シャンプー、歯磨き粉は持たない。タオルもなし。薬などはすべて箱から出す。それらを防水バッグに入れてリアに積む。工具関係は、パンク修理道具、空気入れ、六角レンチ、結束バンドなど最小限のもの。ロック関係は2mのクリプトナイトにU字ロック。1.2m、60cmのワイヤーロックの計3本とした。
スリランカでの自転車移動
スリランカと日本は、交通事情も大きく異なる。空港を出発して2時間ほど走りコロンボ市内に入ってくると、交通量が半端なく多くなる。まずはバスの多さに驚かされる。黒煙を撒き散らし、しかも運転がかなり荒い。乗用車は多少遠慮がちに節度をもって走るがそのまわりをトゥクトゥクが隙間を見つけては水が流れ込むように割り込んでくる。都心部で大変なのは交通量の多さだが、国土の10%近い面積を占める国立公園や自然保護区で大変なのは野生動物との遭遇だ。特に野生の象はかなり危ないそうで、象に注意の標識や警告板が設置されている。
こちらは輪行風景。スリランカの鉄道は全土に伸びている。一番安い3等車両は座席エリアもデッキも人で溢れかえる。スペース的に自転車を乗せるのは簡単ではない。自転車を輪行する場合は、指定席を選ぶのがいい。指定席の車両にはチケットを持っている人しか乗ってこないので、自転車をおけるスペースがどこかに見つけられる。旅の終わりの輪行は2等自由席だった。自転車は強引に押し込めば、みなさん親切だからどんどん奥へと引き込んでくれた。ただ、乗り降りの際の席取りは難しかった。結果的に6時間たちっぱなしになったがそれもいい経験になった。スリランカで輪行できたことが、これからの旅の幅をきっと広げてくれるだろう。旅の方法は自由だ。これからも楽しい旅を考えていきたい。
上山さんの被写体は旅先で出会った人や風景だが、いつもと違う環境で自分の自転車を改めて見るのも楽しい。
ミニベロの良さは身軽で気軽な旅ができるところ。日本で乗っている延長線上でスリランカの旅をしてみたら面白いだろうなと思った。実際にやってみると、そうでないこともたくさんあった。もともと積む荷物の量が違う。走る距離も路面環境も違う。長距離を走る日が続くと、体力的にしんどくなることもあった。だけど、街に滞在しているときは、日本を走る感覚で身軽に走れた。
スリランカで折り畳みの自転車は珍しがられた。輪行して町に入ると、駅を出たところで客引きがどーっと集まってくる。どこ行く?タクシーは?トゥクトゥクは?ホテルは決まっているか?いいところあるぞ!いろんな人がカモが来たとばかりに寄ってくる。そんなとき、自転車があるから、タクシーもトゥクトゥクもいらない。すると、どこに自転車があるんだ?どこに止めているだ。聞いてくる。ここにあるとバッグを開けて自転車を取り出すと、ポカーンとなる。組み立てていくと、これいくらだ?どこ製だ?聞いてくる。聞いた話を、まわりにいる人たちに自慢げに話す。という光景に何度も出会した。最初は取れらないかと心配もしたが、逆に仲良くなるツールとして利用したこともあった。
自転車で移動してそのまま町に入る時は格別だ。一般的に観光客は航空機や列車、バスで町に入るので、空港や駅が起点となるが、自転車の場合はスーッと裏口から町に入るイメージになるので、客扱いされずに自然に町に馴染む。その感覚が楽しい。列車の輪行も、ミニベロだから楽にできた。飛行機に預けるのは列車より簡単だった。レガシーキャリアなら、追加料金もいらない。梱包の方法を改良すればもっと気軽になるはずだ。今回の旅を終えた今、ミニベロでもっと海外を走ってみたい。そう思う熱はまだまだ冷めない。
スリランカで出会った人たちや風景
走ったり止まったり曲がったり。ゆっくり自由に走れるミニベロだからこそ、気になるところに気軽に立ち寄って、素敵な人たちや風景に出会うことができる。話しをするうちに、写真を撮ることも受け入れてもらえるようになる。コーヒーを出してくれたり、近くのカフェに連れていってくれて、ピザをおごってくれる若い青年もいた。
旅行ガイドなどには、なるべくカメラは隠すようにと書かれている。しかし、上山さんはあまり隠さない。むしろ、カメラをコミュニケーションの手段として使っているところもある。中途半端にこそこそしている方が、スキを見せるように思う。それよりも、まわりの人と仲良くなってしまえば、悪い人は近寄り難くなると思っている。
世界的に有名なセイロンティーの茶畑が広がるヌワラエリヤは標高2,000m近く。紅茶列車と呼ばれる列車で移動すると、美しい茶畑の景色を堪能できる。
例えばこんな自転車なら?
旅のスタイルは様々。ホテルを起点に身軽な装備で街なかを散策する程度なら、部屋からサッと持ち出せるコンパクト性を重視したチョイスもいいかもしれない。そんな思いでこの自転車を持ち込み、上山さんにコメントを求めた。
海外で考えるなら、防犯上、自転車はできるだけ部屋のなかに入れておきたい。そのとき、コンパクトで軽量だと快適だ。部屋への出し入れが楽。折りたためない自転車だと、ホテルによっては部屋に入れさせてもらえないが、14インチだとスーツケースのように持ち運べるから持ち込みの許可も得やすい。目の届くところにある安心感は旅先ではありがたい。
ホテルを起点に移動するなら、フロントのラックがいい。小さなカメラバッグかカメラを入れたデイパックをハンドルにかけて、ラックで底面を支えれば楽に走れる。背中に背負って走るのは疲労度が大きくなるので、できるだけ避けたい。バスにも電車にも気軽に乗せられるから、行動半径が格段に広がる。輪行するときは、いかに折り畳みや、組み立てが短時間でできるかを意識している。その点でも、フロントのラックはいい。カメラをデイパックのなかに入れる場合、輪行袋を、デイパックの底に入れると、クッションの代わりにもなる。
ツーリングをするとなると、修理パーツを持参したくなるが、14インチなら、持っていかなくてもいいのではないか。もし、パンクや機械トラブルに見舞われたときは、誰かに助けを借りるのも旅の醍醐味。輪行バッグに入れ、車に積み、町のサイクルショップに連れていってもらうこともできるかもしれない。助けてくれる人のなかには、旅好きや自転車好きも多い。すると、そこで話しが盛り上がることもある。折り畳みではないと、小さな車の場合、物理的に積載が難しい場合もある。助けてもらいやすいと思えるだけで、気分はずいぶん開放的になる。
小さめのデイパックと少し大きめのリュック。2つ持てば、長旅も可能になる。旅を続けるための必要なものは大きめのリュックに。カメラ類や貴重品はデイリーユースの小さなデイパック。都市から都市へは輪行で移動し、到着したホテルに大きめのリュックは置いておく。訪れた街では、デイリーユースのバッグでサイクリングを楽しむ。そうすれば、アドベンチャー的な要素を排した日本一周も夢ではない。お気楽に、町散策をしながら日本中を巡る。隣町くらいなら、少し頑張れば走っていける。町を抜け、新たな町にたどり着く。遠出の気分も味わえる。疲れたら電車やバスにのせて次の目的地へ。自転車は心の距離を訪れた町に近づけてくれる。こうした身軽さと軽快さは、フォールディングバイク以外では難しいのではないか。自転車の旅の概念を変えてしまうポテンシャルをフォールディングバイクは備えていると思う。
自分らしい写真とは
今はスマートフォンでも綺麗に撮れる。あらゆる所にいろんな人が訪れているので、写真は溢れている。自分の写真は、自分をとおしてストーリーが感じられる写真が撮れたらいいなと考えている。風景の中に、自分が知らない人が写り込んでいるとストーリーを感じられる写真になる。その素の状態の人が、何をしているのか、そのカップルは愛を囁いているのか喧嘩中なのか、その人のことを想像したりストーリーを感じられる写真が好きだ。
10年ほど前はタイムラプスもよく撮っていた。車に自転車を載せていき、朝日の昇る場所を考えてカメラを設置する。ある程度のところまでは車で行くのが便利だが、自転車があれば機材を載せて細かい移動ができる。
プロとして旅を始めてからは旅の仕方が変わった。大きく変わったところは2つ。ひとつは、結果としてアウトプットするために、わかってもらいやすい旅を心がけた。簡単にいえばスタートとゴールや行程を決めて旅をした。それまでは、エアチケットの往復だけとってその国に入れば帰国日まで、気の向くまま旅をしていた。もうひとつは、写真を撮るまえに、テーマを決めるようになったこと。きれいな写真はいろんな人が撮っているので、それをなぞるようにきれいな風景を撮ってもあまり意味がない。それよりも、何故撮るのかを考えて、自分の興味のあることを深追いするようになった。
今回の旅はどういった目的で何を伝えたいのか、を考えるのがいちばん時間がかかり大変だ。それさえ決めれば現地で左と右のどちらを撮るべきか迷うことはないし、しんどい時でも目的のためにもっと踏み込んで撮ることもできる。イレギュラーなことが起きた時にも指針となり、対応できる。
上山さんは撮影の仕事の傍ら、旅の報告会やトークイベントを開催、この夏は、自転車好きのフリーペーパー「季刊紙 cycle」No.46に、2年前のベトナム縦断2,000kmママチャリの旅を寄稿するなど、アクティブに活動されている。スリランカでの素敵な写真をはじめこれまでの上山さんの作品は、オフィシャルサイト「写真作家うえやまあつしの旅マガジン」にたくさん掲載されている。
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