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尾道観光協会の名ガイドに訊く、尾道の魅力と過ごし方
2020.10.15
個人的に思い入れのある町、尾道。寺のまち、坂のまち、映画のまち…とよく言われるが、最近では漫画、アニメ、ドラマの舞台としても知られる。世界的にも有名な、日本を代表するサイクリングコース「しまなみ海道」の玄関口として、サイクリストにとってもメジャーな町だ。
この町に惹かれる理由は、山から見下ろす箱庭的景色、静かにゆったり流れる尾道水道、瀬戸内産の豊富な美味、アクセス面では旅を感じられる新幹線からの程よい距離感など色々挙げることができるが、特筆すべきはその景観が地域の生活文化に支えられている点だろう。観光スポットが豊富であるにもかかわらず、文化を無視した観光客相手の店などはあまり見られず、こじんまりした雰囲気の中で落ち着いた時間を過ごすことができる。かといって、古き良き…だけではない、よく見ると若い世代による新しい試みも数多く立ち上がっている。
残念ながら、しまなみ海道を目指すサイクリストたちにとって尾道は通過点であることが多く、せっかくの日本遺産に触れる機会を逃している。そこで今回は改めて、ごく一部だが尾道の魅力について紹介した。全体をとおして、ゆったり過ごすことで味わえる町の空気感みたいなものを意識している。ナビゲーターは尾道観光協会の石原尚味さん。尾道やしまなみ海道を誰よりも知り尽くしている、尾道きっての名ガイドだ。
尾道水道が紡いだ中世からの箱庭的都市
上のタイトル「尾道水道が紡いだ中世からの箱庭的都市」は、STORY #014として日本遺産で認定されている名称だ。「日本遺産」(Japan Heritage)とは、文化庁が平成27年度から創設した、地域に点在する有形・無形の文化財をパッケージ化し、我が国の文化・伝統を語るストーリーを認定する制度で、尾道市は日本遺産第1号となる初年度に認定されている。
尾道三山と対岸の島に囲まれた尾道は、町の中心を通る「海の川」とも言うべき尾道水道の恵みによって、中世の開港以来、瀬戸内随一の良港として繁栄し、人・もの・財が集積した。その結果、尾道三山と尾道水道の間の限られた生活空間に多くの寺社や庭園、住宅が造られ、それらを結ぶ入り組んだ路地・坂道とともに中世から近代の趣を今に残す箱庭的都市が生み出された。迷路に迷い込んだかのような路地や、坂道を抜けた先に突如として広がる風景は、旧市街地を散策する人を魅了し続けている。
市街地より尾道を代表する観光スポット「千光寺公園」までは、千光寺山ロープウェイで3分間で結ばれている。ロープウェイに乗り込むと程なくして静かにするりと出発し、車窓からは日本遺産に認定された箱庭のような尾道の街並みを、ガイドの案内で楽しむことができる。
ロープウェイ山頂駅のすぐ近くに山頂展望台がある。尾道市内が一望できるとともに、瀬戸内海の島々が眺められ、天気の良い日には四国連山をも遠望することができる。夜には尾道水道周辺の夜景を眺められる夜景スポットとしても知られる。
桜の名所100選地に選定されている千光寺公園には、春になると約1500本もの桜が咲き乱れ、展望台からは桜越しに尾道水道の風景を堪能することができる。中央に見えているのは尾道市立美術館。
尾道市立美術館は、尾道に縁のある作家やルオーの作品を中心に幅広く展示する本格派の美術館だが、建築好きには建物そのものの見学もお勧め。1980年に開館し、その後、安藤忠雄氏の設計に基づいて改築され2003年に再開館している。寄棟造・本瓦葺の屋根に国重文・西郷寺本堂を模した本館と、安藤建築の特徴である打放しコンクリートにガラス張りの四角い新館の組み合わせがユニークで、豊かな瀬戸内の自然環境と寺社の多い町並みにとけ込んでいる。
尾道水道や旧市街地を見下ろす絶景スポットは千光寺公園内にいくつもあるが、こちらは美術館から千光寺に向かう坂の途中にある別名ポンポン岩と呼ばれる巨石「鼓岩」。大阪城築城の際に尾道からも巨石が使われ、この鼓岩にも石垣材として搬出すべく割りかけたノミの跡が残る。
もともとほとんど平地がなく山の尾に沿って続く細長い町で「尾の道」と呼ばれたことが、「尾道」の名前の由来の有力な説だそう。
千光寺は806年に弘法大師の開基とされる真言宗のお寺。千光寺山の中腹に位置し、境内からの展望は尾道を代表する風景のひとつ。朱塗りの本堂「赤堂」や”残したい日本の音風景100選”に選定された「鐘楼」はこの寺のシンボル的存在。
千光寺への参拝や千光寺公園の散策の後に休憩スポットとしてお勧めなのが、築100年の古民家再生で生まれ変わったゲストハウス「みはらし亭」。大正10年(1921年)に建てられた絶景が望める別荘建築で、宿泊のほかカフェ&バーとしても利用されている。
みはらし亭のすぐ下からの、天寧寺三重塔越しの眺めも有名な眺望スポット。
旧市街地は尾道水道と、千光寺山、西国寺山、浄土寺山の三つの山に囲まれている。斜面地には多くの家々が立ち並び、家々や寺社を結ぶ坂道が張り巡らされている。こうした坂道や海側の小路を歩けば、日本遺産箱庭的都市の魅力を体感できる。
天寧寺三重塔近くの石段も雰囲気が良く、つい立ち止まってレンズを向けたくなる。
尾道はまた「猫のまち」とも言われるほどネコが多く、猫が描かれた丸い石「福石猫」が無数に点在する「猫の細道」や「招き猫美術館」があるほど。尾道には路地だけでもフォトジェニックな見どころがたくさんある。
806年に建立されたとされ、尾道旧市内で最古の神社と言われる艮神社(うしとらじんじゃ)。境内に生えている楠は推定樹齢900年とも言われ、幹の周囲は約7m。尾道市の天然記念物にも指定されている。この境内では映画「時をかける少女」や「ふたり」のロケが行われたのをはじめ、アニメ「かみちゅ!」の舞台としても登場した。
尾道の旧市街地には中世(鎌倉時代~室町時代)や近世(江戸時代)、昭和の建物が、点在ではなく町並みとして残されていて、他に例を見ない貴重な景観をなしている。江戸期に北前船の寄港地となった尾道では豪商たちが生まれ、船の安全と商売の繁盛を祈願して、海を見下ろす山麓部に競うように寺院を建立、明治期に鉄道敷設とともに豪商達が山手に「茶園」と呼ばれる別荘建設を行ったことから、「坂の町」尾道が生まれた。
古くから交通の要衝だった尾道には豪商が集中していた。それらが財を傾けて建立したのが、尾道の山々にある神社仏閣だろう。久保八幡神社では参道を横切る形で国道2号線とJR山陽本線が通されており、踏切を挟んだ景色が面白い。
久保八幡神社の向かい、新開の中央にある八坂神社の参道越しに向かい合う狛犬は、全国的にも珍しい大きな玉が特徴の玉乗り型。八坂神社はもともと常称寺の境内にあったが、明治時代の「神仏分離令」により現在の地へ移された。境内にある「かんざし灯籠」には悲しい伝説が残る。
海側の商店街周辺には、海と寺社、山をつなぐ小路(路地)がたくさん残っていて、山手の坂道と併せ尾道の街歩きの楽しみのひとつとなっている。戦災の被害を受けていない尾道では近世から明治・大正にかけての町割りや路地が色濃く残り、文化や生活が一体として今もなお見ることができることから、主要な小路に 「案内石柱」を立て観光にも役立てている。
尾道のまちの中でも、一際昭和ロマンを感じさせる町並みが残るのが新開エリア。夜の街として知られるこのエリアには様々な歴史や物語が秘められ、かつて栄えた街の雰囲気を今に伝える面白い建物や渋い看板が並ぶ。広島県のキャンペーンでガイドブックに掲載されたPerfumeのフォトセッションのロケ地にもなった。最近では様々なクリエイターによる新しい店や宿泊施設なども集まる。
こちらは商店街に昨年オープンした、瀬戸内のレモンを使ったオリジナルレモネードが自慢のHOK STAND。明治27年に建てられた歴史ある商店をリノベーションし、建築当時の素材を活かしながらインダストリアルな空間に仕上げられている。
建築好きにも注目されそうな尾道の新しいスポットが、今年1月に移転した尾道市役所の新庁舎。客船をイメージしてところどころに船体のような丸みのあるデザインが採用され、正面玄関から中に入ると広々とした開放的な空間が心地いい。市民に開放されている展望デッキは新しい観光スポットだ。
尾道市では、東京タワーやレインボーブリッジ、白川郷合掌 集落などでも有名な世界的照明デザイナー 石井幹子さんによる歴史・文化・自然景観を活かした尾道らしい夜の魅力づくりに力を入れており、滞在することでさらに尾道の町並みを堪能できる。
ゆっくり巡る向島の隠れスポット
日本初の海峡を横断するサイクリングルート「しまなみ海道サイクリングロード」は、ビワイチ(滋賀県)、つくば霞ヶ浦りんりんロード(茨城県)とともに国土交通省からナショナルサイクルルートに指定されている。2014年にCNNがしまなみ海道を「世界7大サイクリングロード」のひとつに選び、同年には国際サイクリング大会「サイクリングしまなみ」も開催されたことから、海外でしまなみ海道の認知度が上がった。日本初のサイクリスト向け複合商業施設「ONOMICHI U2」も同年3月に開業している。
「サイクリストの聖地」とも呼ばれ世界中からサイクリスト達が訪れるが、その多くは尾道から今治を結ぶ70kmを走破することが最大の目的となっていて、経由する土地の魅力をじっくり味わう余裕が残念ながら少ない。自転車は、乗って走ることそのものを楽しむほかに、程よいスピードで地域を巡り、沿線の魅力を楽しむことができるのも大きな特徴だ。今回は尾道水道をはさんで尾道と向かい合う向島(むかいしま)の見どころを巡ってみた。
瀬戸内には、サイクリストの聖地「しまなみ海道」をはじめ、風光明媚なサイクリングスポットが目白押しで、島々が織りなす絶景に魅了されて何度も訪れる人も多い。
向島は温暖な気候を利用した果樹や花の栽培で有名だが、大林宣彦監督の映画のロケ地巡りでも多くのファンが訪れる。
サイクリング用の自転車は「レンタサイクルステーション 尾道ベース」で借りたTernのプレミアム eBike 「Vektron S10」。eBikeとはスポーツタイプの電動アシスト付き自転車のことで、一言でいえば「楽に」「速く」「スタイリッシュに」走れる優れもの。走り出しや登り坂など脚力が必要な部分を電動アシストで補えるので、脚力に自信がなくても山へ上ったり長距離を走ったりできる。
瀬戸内海随一の国立公園である高見山からの眺望も、しまなみ海道でお勧めしたいスポットの一つ。標高283mにある展望台からは絶景が見渡せ、瀬戸内海に浮かぶ島々を一望できる。
高見山の中腹、立花海岸を望む山中にあるチョコレート工場&ショップのウシオチョコラトル。パッケージが可愛いチョコはバリエーションが豊富で目移りするも、スタッフが分かりやすく教えてくれる。
先を急がないサイクリングでは、思いのままに立ち止まりゆったりした時間を過ごすことができる。波の音を聞きながら、漁船をぼーっと眺める贅沢な時間。
観光ガイドブックでも必ず登場しサイクリストにもお馴染みの、昭和5年創業の後藤鉱泉所。サイダーやジュースを製造しており、貴重な昔ながらのガラス瓶入りのため、店でしか飲めない。
後藤鉱泉所からすぐの渡船に乗り、数分後には尾道の市街地側に。
新しい発見に出会う旅を
今回は、時間に余裕があるからこそ巡れるスポットを中心に取り上げてみた。しまなみ海道の走破を目的にするサイクリストは多いが、その次の楽しみとして、歴史ある尾道の旧市街地や一つの島をゆっくり散策してみるのはどうだろうか。有名な観光地以外のちょっとしたスポットを巡るだけでも、様々な発見に出会い、知的好奇心も満たされるだろう。何をするでもなく、美しい瀬戸内の海をぼーっと見ているだけで、日々の喧騒から心が解き放たれる。それこそが最も贅沢なリゾート的過ごし方だろう。
逆に、脚力に自信の無い人には、今こそ新しい乗り物「eBike」を使ってしまなみ海道の素晴らしさを知ってほしい。eBikeなら誰でも山へ上れるし、朝から夜まで1日中でも走り回れる。家族連れや体力差のあるカップルに利用されるケースも増加している。しまなみの島々を走れば、次々と移り変わる景色の美しさに魅了され、いつまでも走り続けていたいと思うだろう。eBikeはレンタルでも利用できるし、様々なサイクリングツアーも企画されている。尾道市と今治市が共同で申請し STORY #036 として日本遺産に認定された「“日本最大の海賊”の本拠地:芸予諸島 -よみがえる村上海賊“Murakami KAIZOKU”の記憶-」の歴史に触れながらサイクリングするのもいいだろう。
尾道、しまなみ界隈では宿泊施設も徐々に拡充され、滞在型観光にも便利になってきた。橋梁の建設が進み、島内で素敵なカフェやレストラン、ゲストハウスが続々とオープンしている「ゆめしま海道」も要チェックだ。尾道観光協会が運営する「おのなび旅行社」では、地元の人がお勧めする尾道のツアーを多数用意している。テーマに応じて通なスポットも安心安全に巡れるので、利用するのも手だ。
*協力
一般社団法人 尾道観光協会
尾道市立美術館
みはらし亭
かぎしっぽ
レンタサイクルステーション 尾道ベース
ウシオチョコラトル
後藤鉱泉所
*車体
Tern / Vektron S10
*この記事で紹介している情報は、2020年9月時点の取材に基づいています。
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