イタリアンフットウェアの歴史を塗り替え、サイクリングとモーターサイクルの世界に数々の革新をもたらしたSIDI創業者、ディーノ・シニョーリがこの世を去った。
1960年の創業以来、彼は単なる“靴職人"に留まることなく、ライダーとマシンをつなぐ存在として、数多くのアイデアを形にし続けてきた。調整式クリート、ラチェットバックル、ダイヤルクロージャー、安全性を高める革新的なブーツ構造――その発想の多くは、現在では業界のスタンダードとなっている。
本記事では、SIDI公式サイトに掲載された証言やエピソードをもとに、ディーノ・シニョーリという人物、そして彼が遺した“進化の思想"を振り返る。
DINO
ディーノ・シニョーリは、SIDIの創業者という枠に収まる人物ではない。サイクリングとモーターサイクルの両分野において、パフォーマンスの概念そのものを再定義した先駆者である。絶え間ない試行錯誤と進化への飽くなき探求心により、彼は数々の革新を生み出し、アスリートの走り方や競い方、さらには身を守る術までも変えてきた。その仕事は単なる製品開発にとどまらない。現場の課題を解決し、ライダーとマシンの結びつきを高め、スポーツそのものを前進させることに本質があった。
以下に綴るのは、ピエール・アウグスト・スタージ(イタリア自転車連盟の報道官長を経て2023年からロンバルド・スポーツジャーナリストグループの会長を務める)の言葉を通して振り返る、ディーノ・シニョーリの姿である。
THE ROOTS
原点
手と心を尽くして働き続けた人生。その中心にあったのは、常に“足"だった――誰かの足だ。擦り減った靴底は山のようにあり、縫い上げるべき一足がまた次へと続く。戦火のただ中、爆撃は食欲すら奪い、飢えが腹を締めつける。そんな苛烈な時代を、最初は大人に混じって働くことさえ遊びの延長のように受け止める無邪気な子どもとして生き、やがて、未来にはきっとより良い何かがあるという希望と確かな自覚を胸に刻みながら、乗り越えていった。
TALENT IN MOTION
走りの中で躍動する才能
ディーノは速かった。そして彼の若き日の愛車(の愛称) “ゴールデン・アロー"とともに、大成するだけの資質を備えていた。アマチュアとして1955年までレースに出場し、通算22勝。ラストシーズンには17戦中11勝を挙げ、その才能は疑いようがないものとなる。屈強な体躯は優れたルーラー向きでありながら、真のフィニッシャーの切れ味も併せ持つ。爆発的な加速で集団を置き去りにする力を備えていた。
「ペースをかけ直すのが得意でね。決して諦めず、高いスピードを長く維持できたんだ。」
THE BIRTH OF SIDI
SIDIの誕生
年の初め、ディーノ・シニョーリはトレヴィーゾの商工会議所へ向かい、自らの会社を登記する。手続きを支えたのは、コルヌーダのカットリカ銀行の職員だった。そして社名を提案したのが、飛行機に情熱を注ぐ広告デザイナー、ブルーノ・ブルーガである。「Signori Dino」の頭文字をとり、“SIDI"と名付けることを勧めた。こうしてすべてが整う。
1960年1月18日、SIDIは正式に誕生した。
THE VORTEX : IDENTITY AND VISION
渦が象徴する、アイデンティティとビジョン
「渦が私たちのシンボルになったのは、少し後のことだ。だがこのロゴは、まさに自分自身を表し、すべてを物語っている。あの赤いスワールには、私の人となりや気質、そして何より情熱が込められている。主に自転車とモーターサイクルに携わってきた私にとって、渦は動きやスピード、ダイナミズムの象徴でもある。思考の速さ、そしてメカニズムの速さ、その両方を示しているのだ。」
THE MEETING THAT CHANGED EVERYTHING
すべてを変えた出会い
「1966年、ある日ひとりの若者が現れた。驚くほど切れ者で、並外れたセールスの才能を持っていた。ロドルフォ・バルバッツァ、皆からはルディと呼ばれていた。以前から面識はあったが、彼がアルゼンチンへ渡っていた間にしばらく疎遠になっていたんだ。ルディはとにかく人を惹きつける性格でね。彼との出会いは、経営者としての私の人生における転機になった。彼と私のアイデアが結びついたことで、“靴職人"だった私は、短期間で小さな実業家へと変わっていった。ルディは頭の回転が速く、愛嬌があり、誠実だった。これ以上望むことはない。ああいう人物と仕事をすれば、安心して任せられる。彼は誰よりも私の成長を後押ししてくれた。私は良い製品をつくり、彼はそれを世界中へ売り広げた――それが鍵だった。突破口だったんだ。」
激動の年となった1968年の終わり頃、ディーノはもうひとりの意欲的な若者と出会う。SIDIブランドを新たな市場――モトクロスへと押し広げようとする人物だった。
THE FIRST BOOT, A LEGEND
伝説のはじまりとなった最初のブーツ
「1969年、ジャコモ(後にMotoGP殿堂入りも果たすオートバイレーサー)のために初めてのブーツをつくった。“コルサ・スペシャル・アゴスティーニ"だ。フルグレインのカーフレザーを使い、背面にジッパーを備えたロード用ブーツだった。ジャコモはすぐに気に入ってくれてね。彼と一緒に開発を進められたことは、大きな喜びであり誇りでもあった。彼はよく顔を出してくれたよ。コルヌーダの上にあるペデロッバに拠点があって、時間ができると私やルディのところへ立ち寄り、いろいろと話をしていった。彼はサーキットでの最初のスポンサー契約の相手でもあった。報酬は販売に応じたロイヤリティで支払っていたんだが、これがよく売れてね。アゴスティーニのブーツは本当によく売れたよ。」
INNOVATION THAT CHANGED CYCLING
サイクリングの常識を塗り替えたイノベーション
ポリウレタン成形用の機械を手放し、ディーノはサイクリングシューズの製造へと舵を切る。そこで生まれた最初の一足は、小さな傑作であり、やがて自転車史を変える革新となった――調整式クリートの誕生である。シューズを履き、ペダルに足を乗せ、クリートをわずかに緩めた状態で最適な位置を探る。そしてアーレンキーで固定する。それで完成だ。
「私が最初に手がけたシューズは、初期の試行錯誤から生まれた“チタニウム"だった。設計から開発まで、すべて自分の手で行ったものだ……。だからこそ、フランチェスコ・モゼール(ツール・ド・フランス1975でエディ・メルクスと互角の戦いを演じ初代新人賞を受賞)のようなライダーとの出会いは理想的だった。私たちはすぐに深い友情で結ばれ、やがて家族のような関係になった。フランチェスコは私の家の鍵を持っていて、ヴェネツィア空港へ向かう途中には必ず立ち寄ってくれたし、彼専用の部屋まであったんだ。」
CHAMPIONS AND TRUE FRIENDSHIPS
チャンピオンたち、そして本物の絆
SIDIを象徴するアンバサダーのひとり、ミゲル・インデュライン。ツール・ド・フランス5勝、ジロ・デ・イタリア2勝、世界タイムトライアル王者、オリンピック金メダリスト、さらにはアワーレコード保持者でもある。ディーノ・シニョーリとミゲル・インデュラインの間には、深い友情が築かれていた。現役引退後もなお、長年にわたりSIDIのアンバサダーであり続け、製品テストにも関わり続けた。
DETAILS THAT MAKE THE DIFFERENCE
違いを生み出すディテール
特徴はどこか?――かかとだ。ロリス・カピロッシ(MotoGPの125ccおよび250ccクラスチャンピオンで後に史上最多参戦記録も持つオートバイレーサー)は、常にわずかに補強されたヒールを求めていた。ステップ上で足を確実にホールドするため、特別に設計されたものだ。
「ディーノとは、ブーツの摩耗を抑えるための二層構造ソールも開発した。彼と出会ったのはいつかって?20〜25年前くらいかな。あの伝説的なルディ・バルバッツァに紹介されたんだ。」
さらにこう続ける。
「誰の功績も否定するつもりはないけれど、SIDIはあらゆる面で模倣されてきた存在だと言える。何と言われようと、この会社こそが最も大きなイノベーションを生み出してきた、業界の宝のような存在だ。ディーノはどんな人物か?一見ぶっきらぼうに見えるかもしれないが、実はとても情の深い人だよ。これほど知識が豊富で、寛大で、気さくな人物にはなかなか出会えない。芯の強さを持った人間だが、きちんと向き合えば、長く――ほとんど一生にわたって――付き合っていける相手だ。」
THE VISIONARY BEHIND THE BRAND
ブランドを支えた先見の明
「モトクロス界を代表するチャンピオン、トニー・カイローリ(モトクロス世界選手権で9回優勝のレジェンド)が敬意を込めて“ミスター・ディーノ"と呼ぶように、私も彼とは何度も顔を合わせてきた。問題が起きたときも、新しいアイデアを相談するときも、ディーノはいつでも応じてくれた。まるで息子のように接してくれたんだ。細やかで気配りが行き届き、何よりも妥協を許さない厳しさを持っている。この会社の魅力は、家族のような温かさと、企業としての規律が見事に両立している点にある。これ以上望むことはない。そして今もなお、彼らが自分のそばにいてくれることを嬉しく思っている。」
THE POWER OF IDEAS
アイデアが生み出す力
「私は常に、アイデアの力と前向きな思考、そして物事が進化していく力を強く信じてきた。伝統や歴史の重みも大切にしているが、それ以上に信じているのは、革新が持つ破壊的な力だ。なぜなら、それこそが新たな歴史を生み、やがては自らが伝統となっていくものだからだ。」
MADE TO PROGRESS
進化のために生まれた
「人生は競争だ。私はライダーになることを夢見ていたが、人生はサドルの外で、日々競い続ける道へと導いた。産業の世界もまた競争である。それでも私は、“協働が競争を生む"と信じている。一見矛盾しているようだが、ひとりで進めるのは限界がある。ある段階からはチームとして機能し、ひとつのシステムになる必要があるのだ。」
THE CONSTANT PURSUIT OF PERFORMANCE THROUGH INNOVATION
革新によって性能を追い求め続ける姿勢
THE ADAPTABLE CYCLING CLEAT SHOE
調整式クリートを備えたサイクリングシューズ
レースの第一線を退き、数年後に再び自転車に乗り始めたディーノは、走行中に膝の痛みに悩まされるようになる。しかし彼は、それを競技の宿命として受け入れるのではなく、解決すべき課題として捉えた。その気づきから生まれたのが、足の位置を細かく調整できる初の可変式クリートシューズである。快適性の向上、身体への負担軽減、そしてパフォーマンスの最適化を実現するこの発想は、サイクリングシューズをよりエルゴノミクスとバイオメカニクスに基づいたものへと進化させる、大きな一歩となった。
THE MOTOCROSS BOOT WITH BUCKLE CLOSURE
バックルクロージャーを採用したモトクロスブーツ
ディーノは、バックルクロージャーを採用した初期のモトクロスブーツのひとつを世に送り出した。従来の方式に比べて大きな進化である。バックル構造により、ライダーはより確実で均一な締め付けを得ることができ、走行中を通じてフィット感とサポート性を安定して維持できるようになった。シンプルでありながら革新的なこの発想は、過酷なオフロード環境における操作性と信頼性を大きく高めた。
THE RATCHET BUCKLE SHOE
ラチェットバックルを採用したシューズ
ラチェットバックルクロージャーの導入により、ディーノはシューズのフィット調整に新たな精度をもたらした。走行中でも素早く、かつ的確に締め付けを調整でき、より個々に最適化されたパフォーマンス志向のフィットを実現する。この革新は、ハイパフォーマンス・サイクリングシューズにおける快適性、ホールド性、そして使い勝手の基準を大きく塗り替えるものとなった。
THE DIAL CLOSURE SYSTEM
ダイヤル式クロージャーシステム
1989年、ダイヤル式クロージャーがまだ一般的でなかった時代に、ディーノはマイクロアジャスト機構に基づく先進的な締結システムを考案した。もともとはスキーブーツ向けに構想されたものだったが、一定の締め付けを長時間強いられてきたサイクリングにおいて、より大きな可能性を持つことがすぐに明らかになる。このダイヤルシステムは、フィットを状況に応じて細かく調整するという新たな発想をもたらし、ライダーがコンディションやパフォーマンスの変化にリアルタイムで対応できる道を切り開いた。
THE MOTORCYCLE BOOT WITH HYPEREXTENSION AND HYPERFLEXION CONTROL
過伸展・過屈曲を制御するモーターサイクルブーツ
安全性は、常にディーノの発想の中心にあった。そこから生まれたのが、過伸展や過屈曲をコントロールする機構を備えたモーターサイクルブーツである。可動域を損なうことなく、怪我のリスクを低減することを狙った設計だ。このブーツは、防護性能とテクニカルな機能性を高い次元で両立させ、ライダーの安全性に対するアプローチを一段と進化させるものとなった。
THE SHOE WITH CENTRAL DIAL CLOSURE AND ADJUSTABLE HEEL RETENTION
センターダイヤルクロージャーと可変ヒールホールドを備えたシューズ
ディーノは、センターダイヤルクロージャーを採用したシューズデザインもいち早く切り拓いた。外観をよりクリーンで空力的に整えつつ、外部からの干渉や衝撃を受けにくくするための設計である。さらに可変式のヒールホールドシステムを組み合わせることで、より確実で安定した、洗練されたフィットを実現した。パフォーマンス向上と実用性を高いレベルで両立させる――それこそが、彼のライダー目線に立った革新の真骨頂である。