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輪界の人脈の輪をたどるインタビュー vol.4 「元自転車ショップ店長」

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柔らかな物腰の村山紗耶さんは現在「充電中」。大好きなフィルムカメラを持って、カフェや図書館をめぐりながら、愛車のDAHONでのんびり自転車散歩をする——。忙しく駆け抜けてきた時間を取り戻すように、今は日々をゆっくりと過ごす村山さん。彼女の前職は、東京都内の自転車ショップ店長だ。新生活の中で仕事探しに勤しむ村山さんに、これまでとこれからの自転車との付き合い方を語ってもらった。

シェアハウスの仲間と決めた思い出の愛車

映画や洋楽の影響で、高校生の頃から英語に興味があった村山紗耶さん。ニュージーランドやオーストラリアへの短期留学も経験し、大学では英語学科に所属した。ただ、とくに海外での就職などを考えていたわけではなかった。大学祭の委員会に入ったとき、ポスターやフライヤー、オブジェなどの制作を担当。「みんなで考えて形にするということの楽しさを味わって、デザインの仕事もいいなと思うようになりました」

卒業後はその希望どおり、ウェブサイトのデザインに携わる仕事に就いた。だが英語が好きな気持ちが消えたわけではなく、生活の中で英語学習は続けていたという。

「私は映画やラジオなど、耳から英語の音を入れて学びたい派。日常的に英語が聞こえる環境にいたいと考えて、外国人も多いシェアハウスで暮らすことにしました」

村山さんが入居したのは東京の下町にあるシェアハウス。比較的規模の大きな物件で、約30人のさまざまな国籍の人が住んでいた。

「ワーキングホリデーで来ている人も多くいました。みんな日本語を覚えたがっているから、むしろ英語で話さないほうが喜ばれるというのはちょっと拍子抜けでした(笑)。でもときにはお互いに言葉を教え合うこともあり、いろいろな友達ができてとても楽しかったです」

現在の愛車と出合ったのはこの頃だ。自転車に詳しい知人から、折りたたみのしやすさや走行性などの点からDAHONを勧められた村山さん。折よく、シェアハウスでできた韓国人の友達が自転車を買うというので、一緒にショップに向かった。

「友達は同じDAHONでもうワンランク上のモデルを買ったのですが、私は値段や使い方を考えて、Boardwalkのほうが自分に合っていると思いました。その日はカタログをもらって帰って見ていたら、シェアメイトたちが集まってきたんです」

村山さんが「このグリーンにしようと思っている」と言うと、彼らは口々に「こっちの色のほうがサヤに似合うと思う」「このグレーにしなよ」と言ったそうだ。悩んだ末、村山さんはそのアドバイスに従って愛車を選んだ。ニュアンスを感じさせる色合いは、確かに取材の日の服装にもよくマッチしていた。

シェアハウスにはロードバイクを持っている住人もいて、週末にはよく一緒にポタリングした。すでに自国に帰った仲間も多く、今もSNSではつながっているが、全員が再び一同に会することは難しいだろう。村山さんが今も大切に乗り続ける愛車には、あのときあの場所にいたシェアメイトとの思い出が詰まっている。

 

「やったことがない」を挑戦の理由に

村山さんの自転車購入には、もう一つのきっかけがあった。友達に誘われて行ったサイクリングのイベントで、輪行にも興味を持つようになっていたのだ。ツアーや展示会など、愛車を手に入れてからも参加していたさまざまなイベントで、村山さんは複数の自転車業界の人と知り合いになっていった。モート商品デザインの東海林さんと仲良くなったのもこの頃だ。

「自転車ショップのオーナーと偶然知り合ったことから、その人の新店で働かないかとスカウトを受けました。当時は終日座りっぱなしで受け身の仕事にも少し飽きがきていて、新しいことに挑戦したい気持ちはありました。でも接客業は未経験だったし、私は人見知りだし、そんな仕事をする自分は想像できないなと思ったんです」

しかし結局、村山さんはそのオファーを受けることに決めた。「絶対無理だと思った」と言うほど不安だったにもかかわらず、なぜ断らなかったのか。そう尋ねると、村山さんは「やったことがないことなので、やってみたほうがいいかなと思って」と答えた。実はこの「やったことがない」という理由は、村山さんの人生の原動力になっている。自転車に親しんでいないのに輪行イベントに誘われたら、戸惑う人もいるだろう。多様なバックグラウンドを持つ人たちと一つ屋根の下に暮らす日常を、落ち着かないと考える人もいるだろう。「やったことがない」ということは、ともすれば「やらない言い訳」になりかねないが、村山さんにとってそれは「やってみる根拠」になるのだ。

とにもかくにも、村山さんは最初はアルバイトとして、東京都江東区の自転車ショップに採用された。ところが、新店オープンに当たって同時期に働き始めた店長が、なんと1か月ほどで急に退職してしまった。オーナーに説得され、村山さんは戸惑いつつも今度は店長を引き受けることにした。「やったことがない」ポジションへの思わぬスピード出世を経て、彼女はその後5年間を立派に勤め上げる。

「いきなり店長をやることになってびっくりしましたが、やってみたら意外に楽しかったんです。それまで自転車は好きで乗っていたし、輪行のために折りたたみの練習などもしたけれど、車体について知っていることはあまりありませんでした。でも仕事になってからはメンテナンスの仕方を覚えたり、お客さんに教えてもらうこともあったりして、ぐっと知識が増えました。そうしたら自分の自転車との付き合い方も変わって、より愛着を抱くようにもなりましたね」

フレームの気軽なステッカーチューンはスーパーマン。アメコミも好きだがとくにハリウッド映画が好きで、英語を勉強するきっかけになったのは「ロード・オブ・ザ・リング」
グリップは全体の雰囲気にマッチしつつより疲れないレザー調アイテムにチェンジ。自転車ショップのお客さんに勧められたというライトもお気に入り

 

今後は未定、でも一つだけ決まっていることは

だが、村山さんが店長を勤めていた自転車ショップは、再び予想外の事態に見舞われる。コロナ禍で来客数が減ったうえ、老朽化により、店鋪が入る建物の取り壊しが決定。店は閉店を余儀なくされた。その影響もあって、村山さんの私生活にも変化が生じた。彼女はこのタイミングで結婚することになり、2023年に千葉県へ引っ越した。

「充電中」の今でも、村山さんは毎日必ず自転車で出かけている。お供はもちろん、東京在住時からの相棒であるDAHONだ。ちなみに婚約者も引っ越しを機にクルマ通勤をやめ、村山さんが選んだ自転車で自転車通勤をするようになったそうだ。

「引っ越して間もないので、この街はまだ知らないところばかり。そんな場所を散策するのに、小回りの利く小径車は本当にぴったりだなと実感しています」

村山さんと自転車の絆をさらに強めるものがある。それはフィルムカメラだ。カメラと自転車を絡めたライドイベントでその魅力に取り憑かれ、現在は複数のフィルムカメラを所持するまでに。お気に入りの写真をデータ化してSNSにアップするなど、趣味としてじっくり楽しんでいる。

冬の大島にもDAHONで輪行(左上、右)。多摩川で河川敷でコーヒーを淹れて飲むことも。このときもDAHONで輪行したそう(左下)。すべて村山さん撮影

「その場で確認も消去もできるデジタルカメラで撮るのとは、やっぱり感覚が全然違うんですよね。フィルムカメラを持って出かける自転車散歩は、自分の生活の中の特別な時間だなと思います」

活気ある東京の下町もいいが、今の自分には、広々とした幕張で海辺をゆったり走るのも合っていると感じている。気の向くままにペダルを止めてフィルムカメラを構えることができるのは「心に余裕ができたからだと思います」とほほ笑む。

現在の愛機であるASAHI PENTAX K2は村山さんにとって3台目のカメラ。大好きな趣味だが「フィルムの値上がりには苦労しています」と苦笑いした
シェアハウスの仲間と出かけたときの1枚(左)。「猫に遭遇するとつい自転車を止めて撮ってしまいます」(右上)DAHONで平和島(東京都大田区)へ友人と輪行。すべて村山さん撮影

「これまでは少し忙しすぎたかもしれないという気がします。今はマイペースで仕事を探しながら、あえてちょっとのんびり過ごしています」

今後のことは未定だと言う村山さんだが、一つだけ即答した質問があった。それは「これからも自転車に乗り続けますか?」という問いだ。村山さんは「あ、それはもうもちろんです」と頷き、「だいぶ年季が入っていますが、今の愛車を大事にしていきたい」とにっこりした。

 

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