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ボクらは怪しい探検隊!マニアといく自転車散歩vol.1「野草マニア のんさん編」
2024.04.11
マニアというのは大体において怪しい。住宅街の道端にしゃがみこんでいる人がいて、体調でも悪いのかなと思って近づいていくと、マンホールマニアがマンホールの写真を撮っていたりする。ひとん家の石垣をじっと見つめている人がいて、ドロボー集団の下見係の人かも!と思ってするどく睨んだりすると、苔マニアが石垣のすき間に生えているスナゴケを愛でているだけだったりする。マニアは怪しいし紛らわしい。しかしながらなにかに夢中になっているその姿は少々うらやましかったりもする。この連載はそんな怪しくてうらやましいマニアの方々の案内で、マニアの世界のほんの入口をそっと覗いてみるお話である。
目次
野草愛好家 365日野草生活のんさん登場
マニアと行く自転車散歩、最初の案内人は雨ニモ負ケズ雪ニモ負ケズ、毎日欠かさず野草観察を行うという野草愛好家ののんさん。自ら「365日野草生活」と名乗る筋金入りの野草マニアだ。彼女が野草にはまったキッカケはペットのウサギ。ウサギに食べさせる野草を探しに多摩川の土手に毎日のように通う中で、奥深い野草の魅力にはまったそうだ。現在は野草観察会を主催しつつ(年に100回以上も!)、希少植物保護の活動に関わったり、テレビに出演したり、はたまた学校の特別講師を務めたりと、日本全国を飛び回りながら野草の魅力を人々に伝えている。
今回は多摩川近郊がマイフィールドという彼女の案内で、二子玉川駅周辺の野草観察スポットを自転車で巡ってみることにした。はたして野草の魅力とはいったいなんなのか?じっくり探ってみたい。
セイタカアワダチソウの意外な一面を見た!
のんさんと待ち合わせをしたのは2月26日(月)の午前9時、東急田園都市線の二子玉川駅の改札。初対面のあいさつもそこそこにすぐさまのんさんおすすめの野草観察スポット、多摩川河川敷に向かう。というのもこの日は朝から猛烈な南風がビュービュー吹いていて、しかも午後になるにつれて風はますます激しくなるという予報(実際に夕方には最大瞬間風速20.2メートルを記録)。少しでも風の弱いうちに観察を進めようという判断である。のんさんに会ってすぐに、「めちゃくちゃ風が強いですけど大丈夫ですか?」と聞いたら、「雨よりましです!」と笑顔で即答。う~ん、頼もしい!
そんなやりとりのあと、多摩川の河川敷に向かって自転車を漕いでいたら、途中の多摩堤通りの側道あたりで「ちょっと待ってください!」の声。なにか見せたいものがあるみたいだ。
のんさんが最初に見せてくれたのは薄紫色のかわいらしい花。「なんの花かわかりますか?」と聞かれたものの、当然わからない。答えはハマダイコンの花。ハマダイコンはスーパーで売っている大根の親戚のような植物で、掘り出すと細いけれどもちゃんと大根があり、辛くて苦いけど食べることもできるらしい。
そんな話を聞くと、ハマダイコンの大根がどんなかんじか見たくなってくる。そう思ってハマダイコンをひとつ引き抜こうとしたら、「それは絶対ダメ!」とピシャリ。土手(斜面)に生えている植物を根っこから引き抜くことは河川法で禁止されているそうなのだ。残念!
次にのんさんが「毒草があります」と指をさしたのは下の写真の植物。この野草の名前、みなさんはわかりますか?
答えはスイセン。葉っぱがニラそっくりで、ニラと間違えて食べてしまう人もいるらしい。ここ10年間で70件以上の食中毒が発生していて、死亡例もあるという。特に球根が危険で、アルカロイド系の毒が大量に含まれているそうだ。ちなみに見分け方は葉っぱの匂いで、スイセンの葉にはニラ特有の匂いがまったくなく、葉をちぎって匂いを嗅げばニラでないことは一目瞭然というか一鼻瞭然ですぐにわかるらしい。
さっそく葉っぱの先っぽをちょっとだけちぎって青臭いスイセンのニオイをかいでいると、「もうひとつ毒草がありました!」というのんさんの無邪気な声。それが下の写真中央、のんさんが左手でつまんでいる植物。これはなんという名前の植物でしょう?(右手でつまんでいるのは先ほどのスイセンの葉っぱ)
答えはヒガンバナ。秋になると赤い花が咲くお寺や田んぼの畦道でよく見かけるやつだ。これもニラと間違えて食べて、危険な目に遭う人が少なくないらしい。ニラレバ炒めとか、ニラ玉とか、とにかくニラが大好物という人が身近にいたら、シロウトは野生のニラに手を出してはいけないよ、ニラは八百屋さんかスーパーで買うのが安心よ、と教えてあげてほしい。
次にのんさんが「この野草の香りを嗅いでみてください」と指さしたのは下の写真の植物。実はこれ、セイタカアワダチソウ。
「セイタカアワダチソウの新芽は爽やかな香りがします」とのんさんがいうので、葉っぱを1枚細かくちぎって匂いを嗅いでみたら、びっくりするぐらい爽やかな香りがした。無印良品に行くと季節限定でキンモクセイとかイチジクのルームフレグランスが売られているけど、その横にセイタカアワダチソウもぜひ並べてほしいと思ったぐらいだ。野草の王様のようなセイタカアワダチソウの意外な一面を見た気がして、セイタカアワダチソウのことが少し好きになってしまった。
※セイタカアワダチソウは夏になるとちょっとキツイ香りになり、爽やかな香りは春限定だそうです(のんさんによる補足)。
このあとも同じ場所で、「植物の茎が丸いと思ったら大間違いですよ」と説明されながらカラスノエンドウの四角い茎をグリグリ触ったり、野生化したアップルミントの香りを楽しんだりしたが、のんさんの「もう1時間以上たちました。アッという間でしょ」という言葉に我に返り、本来の目的地の多摩川河川敷に向かうことにした。
夏の夜に咲くマツヨイグサの花を見てみたい
約1時間の寄り道を経て、ようやく多摩川の河川敷に到着。枯草ばかりに見えるが、野草たちはじつにたくましく、春に向けて着々と動き始めている(何度も書くけど、取材をしたのは2月下旬です)。
上の写真を撮り終えてフト振り返ると、のんさんが熱心に枯草を観察していた。枯草には枯草の魅力があるとのんさんは言う。
ここからはのんさんといっしょに観察した多摩川河川敷の野草の中から個人的に面白いと思ったものを2つ紹介します。
その1、ギシギシ。ギシギシというと小さな花なのか葉っぱなのかよくわからない小さなつぶつぶをビッシリつけた、あまり触りたくない形状の野草だが、冬の間は下の写真のようなロゼット状態で寒さを凌いでいる。
ギシギシの若芽は半透明の鞘に包まれていて、引き抜くとヌルヌルした液体に覆われている。このヌルヌルの若芽は「オカジュンサイ」といって、食べると独特の食感でおいしいらしい。
近くで少し茎を伸ばしたギシギシを発見。北海道から沖縄まで、日本全国の道ばたに自生しているので、見たことある人も多いはず。
小さなつぶつぶはギシギシの花だそう。昆虫の卵とかだったらヤダなーと思って今まで毛嫌いしてました。スイマセン。
※ナガバギシギシ、アレチギシギシ、ギシギシなど、ギシギシには仲間が多く、しかもそれらが簡単に交雑するので、種を見ないことにはどの種類か判別できないそうです。なので、上で紹介したギシギシは「ギシギシの仲間」と書くのが情報としては正確だそうです(のんさんによる補足)。
その2、マツヨイグサの仲間(開花期でないとアレチマツヨイグサかメマツヨイグサか判断できないそうです)の枯草。写真は花のあとにできた種がいっぱい入った袋。「夏、夜になると、黄色のすごくきれいな花が咲くんですよ」とのんさん。夜を待って花が咲くからマツヨイグサ/待宵草。ステキな名前の植物だ。
マツヨイグサの小さな種を手のひらに取り出すのんさん。マツヨイグサはものすごくたくさんの種を作るそうだ。雑草盆栽という趣味のジャンルがあるし、家に持って帰って小さな植木鉢で育ててみるのも面白いかもしれないですねというと、「わたしも家の庭でいろんな野草を育ててますー」という返答。さすがマニア!
以上、印象に残った多摩川河川敷の野草でした。時計を見るとすでに11時半。すぐ近くにスタバがあるというので、少しそこで休憩することにした。
スタバで聞く、野草観察の必需品
スタバでコーヒーを飲みながら、のんさんに野草観察を始めるにあたって、おすすめの植物図鑑はなにか聞いてみた。本屋さんに行くと「野草図鑑」とか「よくわかる野草・雑草」とか「身近な雑草図鑑」といった本がそこそこの種類並んでいて、どれを買えばいいのか聞いてみたかったのだ。そしたらすぐにカバンから引っ張りだしてきたのが下の本、「たまがわの野草100選―多摩川の草と友だちになろう」。ついでにルーペ。
のんさんが言うには、こういった地域限定や県限定の植物図鑑のようなものが結構どの地域にもあって(もちろんない地域もあるけれど)、こういう図鑑を見ながら、そこに載っている野草をすべて見つけ出してコンプリートしていくのが、野草マニアの第一歩としてはおすすめなんだそうだ。
最初に観察したハマダイコンのページを開いてもらった。「北見方 会社の方 多摩川駅」と、どのあたりで見つけたか、最寄り駅や地名がボールペンでメモ書きしてある。
ルーペについては、これがあるだけで野草観察の面白さが数倍広がるらしい。下の写真はルーペの使い方を実演してくれているのんさん。ルーペをもった手を頬にくっ付けて、ルーペではなく観察したい対象物を前後に動かしてピントを合わせるのが正しい使い方だそうだ。手取り足取り、とっても親切なひとである。
そのあともコーヒーを飲みながらいろんな話を聞いた。野草マニアとしてのこれまでの歩みや雑草と野草の違いなど。人が管理していない土地に自然に生えるのが野草で、人が管理している畑や庭に勝手に生えてきて人が邪魔だと思うのが雑草だそうだ。すなわち同じ植物でも、ある場所では野草で、別の場所では雑草と呼ばれるわけだ。なるほど、勉強になる。
そんないろいろなのんさんのお話の中で「面白い人いるなー」と思って印象に残っているのが、あるビジネスマンからの依頼で毎日通勤で歩いている六本木駅からオフィスまでの数百メートルの間に何種類の野草が生えているか、いっしょに数えた話。都会のど真ん中の歩いて数分の歩道わきに全部で50種類ぐらいの野草が生えていて、これにはのんさんもビックリしたそうだ。
コーヒー休憩の後、当初の予定では二子玉川から下流の新丸子方面か、上流の登戸方面に向かって少し走りましょうか、なんて話をしていたのだが、六本木での野草調査の話が面白かったのと、ますます風が強くなってきたこともあって急遽方針変更。二子玉川ライズの中の小さな植栽スペースに何種類の野草が生えているか数えてみようということになった。ちなみに二子玉川ライズというのは10年ほど前にできた高層オフィスビルと大型ショッピングセンターとタワーマンションが合体した複合的大型商業施設で、高層オフィスビルの中には楽天の本社なんかが入っていて平日も休日もわんさか人がいる都会的なエリアである。
というわけで、のんさんがマイフィールドという多摩川河川敷に別れを告げて、二子玉川ライズに向かうことにする。その前に河川敷で記念写真をパチリ。のんさんと自転車と、後ろにそびえ立つのが二子玉川ライズのビル群。
商業施設の植栽スペースで野草の数を数えてみた
自転車に乗ってほんの10分ほど、二子玉川ライズに到着。敷地の入口付近に小さな植栽スペースを発見し、さっそく野草調査を開始した。下の写真は、植栽のへりにしゃがみこんで野草を数えるのんさん。
そして気になる調査結果だが、直径約1.3メートルの植栽スペースの中に少なくとも14種類の野草が生えていることを確認した。「少なくとも」というのはどういう意味かというと、野草は交雑種も多く、しかもこういった植栽スペースには人が人為的に植えた園芸種も混じっていて、さらに2月下旬のこの時期は葉も小さく花も咲いていないので、ちょっと見ただけでは判別できない植物がほかにもあったということだ。野草の世界はそんなに単純で簡単ではないのだ。
二子玉川ライズの植栽スペースで見つけた野草その1、カラスノエンドウ(ヤハズエンドウ)。
二子玉川ライズの植栽スペースで見つけた野草その2、オランダミミナグサ。
二子玉川ライズの植栽スペースで見つけた野草その3、その4、その5。黄色の丸の上からスズメノカタビラとオオイヌノフグリとアメリカフウロ。芝生のように見えるスズメノカタビラは南極を除く世界中に分布しているらしい。こういう世界中どこにでもある野草のことを「メトロポリタンプランツ」というそうだ。
その6以降は省略。なぜなら野草の名前は聞き慣れないものばかりでメモと記憶が間に合わなかったからだ(スイマセン)。
1カ月後のお話し
多摩川河川敷でのんさんと野草観察を行ったのは2月下旬で、今これを書いているのは4月初旬。あっという間に世の中は春真っ盛りというかんじになり、花粉症の季節が終わり、桜が咲き、そして散りつつある。数日前、自宅から最寄り駅に向かって歩いていたら、道ばたにすくすく成長しているギシギシを見つけた。今までなら気にも留めず、その存在に気付くことすらなかったはずだが、今は違う。一瞬しゃがみこんで若芽(オカジュンサイ)の存在を確認し、「オッ、あるある」なんて思って、意味もなくほくそ笑んだりしてしまう。なんだかほんの少しだけ野草マニアになった気分だ。
身近な”野草”が見えてくると、ちょっとだけ日々が楽しくなります。
これは取材当日の夜、のんさんから届いたメールの中にあった一文。「本当だ!」と本当に思います。
最後にのんさん情報を載せておきます。年間100回ぐらい野草観察会を主催されているとこの記事の冒頭で書いたけれども、そのうちの1/3は個人からの依頼だそうだ。私ものんさんといっしょに通勤通学途中の野草を数えてみたいとか、じぶん家(ち)の庭に生えている野草を調べつくしたいとか、オレも野草マニアになりたい!という人は、思い切って問い合わせてみよう!
のんさんのnote(https://note.com/365nitiyasou/)
のんさんのX(https://twitter.com/365nitiyasou)
参考:今回の自転車散歩のルートマップ
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