読む
4年3ヶ月もの有給休暇で自転車世界一周を達成した坂本逹氏。壮大な旅を経て彼が感じたこと。
2023.07.03
『自転車で世界一周』
この言葉にはインパクトがある。何をやったのかは子供でもわかるぐらいシンプルだが、その壮大さは想像を遥かに超えるものなのだろう。世界一周をするのにかかった期間は4年3ヶ月。それが長いのか短いのかもわからない。「そんなもの。」と言われると、そんな気もするし、短いと言われるとそんな気もする。大変そうだなと思っても、どれくらい大変なのかはわからない。要は何もわからない。さらに驚きなのはこれを無期限の有給休暇で行ったというものだから、一般社会で過ごしている筆者にとってはもう訳がわからない。
坂本逹氏
そんな壮大な旅を行った張本人である。
子供服ブランド『ミキハウス』の社員でありながら、自転車で世界一周を達成した。彼は世界一周を経て、お世話になったアフリカの村で井戸を掘り、そして今は家族5人で6大陸大冒険をしている。そんな彼が様々な活動を経て感じていること、そして今後の彼の目標とは。
目次
「今が辛くてもそれは一生続かないんだよ。」
世界に目を向け始めた小学生時代
——初めまして。今日は坂本逹さんにインタビューできるのを個人的にとても楽しみにしていました。というのも、大学生の時に母校で達さんの講演があって、そこですごく刺激を受けて、それ以降ずっと尊敬していたんです。
そんな縁があったんですね。ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。
——早速ですが、『自転車で世界一周』と言っても、思いつきで出来るようなことではないと思います。いつぐらいからその夢を抱いていたんでしょうか。
小学生の時に父親の仕事の関係で転校をしたんですけど、その学校でうまく馴染めなかったことが世界に目を向けるきっかけとなったんです。その時、父親に「学校はつまらないかもしれないけど、世界にはいろんな人たちがいて、今が辛くてもそれは一生続かないんだよ。」という話をされたんです。それが世界に目を向けるきっかけとなりましたね。
具体的に世界一周と言うと、これはこういう場ではあまり話してこなかったことなんですが、高校生の時にレース直前の練習中に交通事故に遭って、入院をして、レースができなくなったんです。それがきっかけで大学に入ってからツーリングを始めるようになったんですよね。北海道とか九州、長野とかを走っていたんですけど、自転車は元から好きだし、小学生の時から世界に目を向けていたということがマッチして、世界一周を意識するようになったんです。今までインタビューをしていただいた時は小学生の時の経験を答えることが多かったんですけど、それが具体的になったのは大学生の時ですね。
——そうだったんですね。では、事故がなくレースに出場できていたら、今とは違う人生を歩まれていた可能性もあるんですかね。
そうかもしれないですね。中学や高校の時はそこそこ速い方だったので、レースをこの先もやっていくというのもありだと思っていたんですけど、事故をきっかけにツーリングをするようになって、でも実際どうかはわからないですね。
——世界一周をすると言っても手段は他にもあって、一般的には自転車という選択肢はあまり選ばれることはないと思いますが、これまでの経験や、自転車にはずっと乗られているということもあり、真っ先に自転車が思い浮かびましたか。
そうですね。自転車って、出会う人との距離が一気に近くなる手段ということはこれまでの経験でわかっていたんですよね。大学生の時に1年間休学してバックパッカーをしていたことがあるんですけど、バックパッカーは限界があるなと感じていて。例えば、『バスに乗ってきた外国人』と『自転車で来た外国人』では現地の人のウケが明らかに違うんですよね。「お前、それで来たのか!?」って感じで。なので、世界一周するなら自転車だなと。
——そこは迷われることがなかったんですね。世界一周の時に、様々な国や村に行かれたと思いますが、その中で一番思い出に残っている場所はどちらですか。
思い出に残っているといえば、やはりマラリアになって倒れてしまった、シェリフドクターと出会ったギニアのカリア村ですね。世界一周の後、恩返しの井戸を掘ったりしたのは、その村ではなくシェリフドクターの生まれ故郷なんです。そういうこともあって、ギニアが一番思い出に残っていますね。
——著書『やった。』を読んでいると、アフリカなどの決して裕福とは言えず、衛生面でも日本に比べて劣っている国の方々の温かさをすごく感じました。なぜ彼らは異国の地から来た旅人にあんなに親切に出来るのでしょう。
いい意味でプライドが高くて、他所から来た人をもてなしてあげたい、自分たちの地域や村人が好き、だからこそ村にやってきた人をもてなしたい、放って置けないという感覚があるんだと思うんですよね。村に来てくれたからには、いい思い出を持って帰って欲しいし、いつまでも覚えていて欲しいというような思いがあるのではないかと勝手に思っています。
「旅人をもてなすということは神様をもてなすということ。」
トルコに浸透しているおもてなし文化。
——色々な国でそういったおもてなしを受けてきたと思いますが、国が違えば文化や食べ物も多種多様ですよね。その中で一番美味しいと思ったものはなんですか。
イランにアブグーシュトという料理があるんですよ。羊肉とヒヨコ豆と野菜のスープです。いわゆるB級グルメのようなものだと思うんですけど。あれは美味しかったですね。あと、タジン鍋をモロッコで食べたんですけど、量もたくさん食べられるし、パンをスープにつけて食べてもいいし、本当に美味しかったですね。さらに安いんですよ。僕たちサイクリストはとにかくたくさん食べるので、安いということは大切なんです(笑)
——『サイクリストを家に呼ぶな』という言葉があると著書にも書いてありましたね(笑)チリでもお世話になった方に言われたんですよね。
そうそう。「お前は食べすぎるから、もう2度と戻ってくるな」って冗談でね(笑)
——トルコは親日の国だと聞きますが、実際どうでしたか。
その通りでした。日本から来たって言ったら急にみんな優しくなるんですよ(笑)
——トルコはチャイでもてなす文化があると著書に書いてありましたよね。
そうなんです。1軒で飲んでいると、すぐ横で他の方が待っていて、「終わったらうちでも飲んでいけ」って(笑)だからあまり先に進めないんです。
——ありがたい反面、ペースが乱れてしまいますね。逆に食べるのがキツイなと思った料理はありますか。
これもトルコなんですけど、羊の頭が入っている『ケルパカ』ってスープがあるんです。市場とかでは頭が丸ごと入っていて、見た目がキツイなと思って。でも勧められるとなかなか断れないんで、頑張って食べてみたんです。そしたらこれがとても美味しかった!
——他にカルチャーショックを受けた文化や習慣はありますか。
旅の最初の頃はショックを受けたことが色々ありましたね。例えば、初めてのイスラム圏の国、モロッコでのことなんですけど。買い物をして、お金を払おうとしたら受け取ってくれなくて、さらに機嫌が悪くなったんです。どういうことか聞いたら、左手でお金を渡そうとしてしまっていて、左手は不浄の手だからって。日本では関係ないじゃないですか。でも彼らにとっては侮辱されていると感じるようなんです。そういうのは最初の頃は全然わからなくてショックを受けましたね。
——こちらとしては旅人なんだからそこは理解してほしいって思ってしまいそうです。
でもその経験を経て、知らないということは自分が悪者になってしまうこともあるんだなって学びましたね。例えば、子供が同じことをしたら、その子供は『文化を知らない失礼な子』になってしまうんですよね。だから知っておくということは、知らないよりももちろんいいことで、だから旅人とはいえ失礼のないようにしようと思い、それからは最低限の知識は持って行くようになりました。
——では感銘を受けた文化や習慣はありますか。
これもトルコでのことなんですけど、行く先々で本当によくもてなしていただいて、ある時、宿泊させてもらっている一般家庭の子供達に「見ず知らずの旅人になぜこんなに親切にしてくれるのか。」って聞いたんです。すると子供たちは「旅人をもてなすということは神様をもてなすということなんだ。」というようなことを言うんです。大人たちがいつもそう言っているみたいで、その考え方自体にも感銘を受けたんですけど、それが子供にまで浸透していることが凄いなと感じました。大人も子供も自分の国や文化のことが好きでないと、そう思えないと思うんですよね。この考えって『旅人をもてなすと言うことは自分たちのためになる。いつか自分たちのためになる。』ということかもしれないですね。
——トルコはシルクロードなど、歴史的に人の往来が多い国だからこそ生まれた文化かもしれないですね。
それもあると思います。旅人という存在に馴染みがあるんじゃないですかね。
——お話を伺っていると、トルコに色々な思い出が多いですね。
トルコは色々な人にお勧めすることが多い国ですね。学生の卒業旅行にもよく勧めます。まず、単純に食べ物がすごく美味しいんですよ。トルコ人は親切だし、美しい建物や自然など世界遺産も多い。とにかく時間が足りなくなるぐらい見どころもたくさん。
多くの出会いを経て感じた、自分を守ってくれている『大いなる意志』
——話は変わりますが、チベットですごく過酷な環境下で走られている時に、「自然の中では直感に頼るのが正解だ。」と感じたと著書にありました。世界一周もある意味では長く持ち続けた直感だったのかなと思うんですが、「直感間違えたな。」と思ったことってありますか。
すごいたくさんあったと思うんですけど(苦笑)南米で高山病になってしまった時は「まだ行けるだろう。なんとかなるだろう。」と思って無理をして倒れてしまったので、あれは失敗ですね。偶然そこを通りかかった州知事が助けてくれたんですけど。
——州知事に助けてもらった件もそうですが、達さんはその行動力や人柄が相まって、周りの人や出会う人にとても恵まれているように思います。なぜ自分はこんなにも人を惹きつけるのか、何か感じることはありますか。
難しい質問ですね。僕の力ではない、僕を動かしている大いなる意志みたいなのがあって、それが守ってくれるというか、ついてくれていたということだと思うことがあります。それって期待しちゃいけないものだし、いつ現れるかわからないものなんだけど、そういうものがあるなって旅の3年目とか4年目ぐらいには色々な出会いを経験するうちに感じるようになりましたね。
——世界一周中、マラリアにかかったり、高山病になったり、命の危機を感じることもあったと思います。帰国した時に、価値観の変化などありましたか。
当たり前のことってひとつもないんだって思いました。感謝の気持ちに近いです。僕たちって大変な時、どうしても目の前のことが全てになってしまって、辛くなってしまうことがあると思うんです。でも、世界一周中に本当にいろんな世界を見てきたので、たとえ日本でどんなに辛いことがあっても、世界はもっと広くて、もっと過酷な状況もあるし、いろんな世界が今この瞬間もあるんだって思えることが財産だなって思います。アフリカ縦断の時も、一生かかっても終わらないんじゃないかってぐらい大変だったけど、結局最後は終わったので。絶対にいつか物事は終わるって思えるようになりましたね。
——『人間は一人で生きているのではない、生かされている』という言葉が著書の中で随所に出てきます。やはり色々な人との出会いを経て、そういう想いは強くなりましたか。
そうですね。例えば自己紹介の時に日本国内なら、ミキハウスとか大学名を言えばわかってもらえることが多かったんですが、海外ならミキハウスと言っても「ミッキーマウス?」って聞き返されたり、日本って言っても「日本って中国のどこ?」って聞かれたりしてたので、日本では感じなかった無力感みたいなのをよく感じていたんです。日本にいる時はあったはずの、自分の存在感とかプライドみたいなのが全部どこにも引っかからないんです。だから自分は無力ゆえに謙虚にならざるを得ないというか、人の助けや力がないと何もできないなって思うようになりましたね。
世界中を見た達さんが感じる日本のよさとは
——世界中を見た達さんだからこそ感じる日本の良さはありますか。
もちろんたくさんありますが、例えば四季があることですね。砂漠は1年中暑いし、雨季と乾季しかなかったり、暑いかさらに暑いかの2択だったり、四季がある国はもちろんあるんですけど、日本は海と山があるおかげで、四季がさらに素晴らしいものになっているなと思うんです。冬の寒さがあるから、それに耐える方法や食料保存の方法があったり、逆に夏は涼しく過ごす方法があったり。豊かな四季があるからこそ生まれた文化や知恵があると思うんです。一年中暑いところって、食べ物がいつでもあって飢えがないから、危機感があまりないように感じるんです。いいことなんですけどね。おおらかな分、繊細さがなかったりするんです。あと、日本は人が勤勉だということ。それが問題になることもあるんですけど、問題になるのってないものねだりだと思うんです。勤勉なことはすごい財産だと思いますよ。あとは、やっぱり日本人は親切で優しいですよね。外国のお客さんがみんなそう言ってくれます。スマホでも財布でもカバンでも、失くしてしまったものが出てくるってすごいことなんですよ。僕はすぐにいろんな物を失くしてしまうので、それは本当にありがたいですね(笑)
今回は世界一周の経験談、それを経て感じたことを伺いました。次回は現在挑戦中の家族で6大陸大冒険の話、そして今後の目標など、『今』の坂本逹さんに迫ります。
PROFILE
坂本達(株式会社ミキハウス社長室/冒険家)
子供服ブランド『ミキハウス』社員でありながら、無期限の有給休暇を取得し、4年3ヶ月をかけて自転車での世界一周を達成。帰国後はギニアで『井戸掘りプロジェクト』や『診療所建設プロジェクト』、ブータンで『幼稚園&小学校支援プロジェクト』など、お世話になった国々での支援活動を実施。著書に『やった。』『ほった。』などがあり、ギニアでの『井戸掘りプロジェクト』について書いた『ほった。』は中学校3年生の国語の教科書に採用されている。2015年からは『坂本家6大陸大冒険』と称し、家族5人で様々な国で自転車旅をしている。
坂本逹オフィシャルサイト:
https://tatsuoffice.com/
坂本逹instagram:
sakamoto_family_adventure
#LINZINEの最新記事