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サイクルフォトグラファー 辻啓の仕事

※この記事は2022年4月28日にLINZINEで公開されたものです。

サイクルフォトグラファーとして、グランツールなどのビッグレースを撮影されている辻啓さん。レースを撮影するとはどういったことか、撮影を通して見えるレースの世界はどういったものか。フォトグラファーならではの目線で捉えるレースのお話を伺った。

釣りばかりしていた学生時代

――幅広い活動をされていますが、メインの仕事はなんですか?
メインの仕事はレースを撮ることです。それも海外のレースですね。国内のレースも撮りますし、知り合いも多いから楽しいです。でも国内のレースなら正直、誰でも行けるじゃないですか。ただツール・ド・フランスとかはイタリアに行って3週間、なんのトラブルもなく、、、トラブルは起こるんですけど、トラブルがあったとしても仕事をしっかりこなせる人は限られると思います。自分はそれが得意なので、積極的に海外に行って他の人ができない仕事をするようになりました。

――もともと海外に行って撮りたいと思っていたんですか?
もともとは釣りばっかりやってたんですよ。中高生の頃は本当に釣りしかしてなくて自転車は釣りに行くための手段でしかなかったです。当時は釣具屋でアルバイトをしていて、釣りばっかりやりながら、一年間で貯めたお金を注ぎ込んでオーストラリアに釣りに行くっていう高校生活を送ってました。

――それは大会があるとか目的があったんですか?
じゃなくて、釣りたい魚がいたんです。バラマンディっていう魚を釣るために毎年3月にクイーンズランドにソロ釣行してました。

――一人で行くのはすごいですね。
だから自然と海外に興味がありました。そうなると英語を勉強せなあかんわって思って自己流で勉強して。そのまま向こうでガイドの仕事をしたかったんですよ。船を運転して日本人や現地の人を案内するフィッシングツアーガイド。高校を出たらそれになるつもりで親にも話していました。

――かなり早い段階から目標があったんですね。
でも高校3年生でオーストラリアに行ったときに現地の釣りの先輩に、まだ人生を決めるのは早い。大学に行ったらもっとあたらしい出会いがあるから、それから人生を決めたらいいんちゃうかって言われて。それで大学に行ったら、なぜか自転車に出会ったんですよ。

メッセンジャー、トランスレーター、ライター、フォトグラファー

――自転車とはどんな出会いだったんですか?
4つ上の兄がトライアスロンをやっていて、大学生の頃にARAYAのカーボンモノコックのフレームをくれたんです。バリバリのレース用フレームだったんですけど、それをベースに遠くまで釣り行けように組み立てるうちに自転車めっちゃ楽しいなってなって。そんな頃に、たまたま見た雑誌か何かの風景写真で「ここを自転車で走ってみたい」って思ったんです。それで衝動的に当時乗っていた自転車を段ボールに詰め込んでイタリアに行きました。

――イタリアの風景写真だったんですね。
イタリアに行ってミラノからフィレンツェ、シエナと2週間くらい一人でぐるっと旅行して、ここで過ごしてみたいと思いました。その時にオーストラリアからイタリアに話がガラッと変わって、釣りの熱もガラッと自転車に変わりました。
そのままイタリア留学を決めて、授業が終わるとトスカーナの丘を駆け巡って過ごしました。たった10ヶ月でしたが、すっかり自転車に染まって帰ってきました。

――留学後はどうされたんですか?
留学から帰って大学を卒業してからは、東京でバイシクルメッセンジャーになりました。「なんか面白そうな人が多そう」という理由で、未経験ながらピストバイクに混じって3RENSHOのロードバイクで東京を走り回っていました。当時はメッセンジャーの数も多くて周りは本当に面白い人ばかりで、いろいろ刺激をもらいつつ、そこでメディアの仕事を始めました。

――その頃から書く仕事を始めたんですね。
当時は、サイクリングタイムというウェブサイトでトランスレーター(翻訳)兼ライターとしての仕事を始めました。英語やイタリア語のコンテンツを日本語に翻訳する仕事を始めたのが2006年で、23歳の時にこの業界に入りました。
留学中から使ってたデジタルカメラでレースを撮る楽しさは感じていましたが、その時点では、それを仕事にしようとは思っていませんでした。

――ライターを始めるきっかけはあったんですか?
きっかけはなかったんですけど、興味があって。自転車用語って難しいというか、、、例えば本国のカタログを日本語にするのに自転車業界的には「wheel」は「ホイール」だし「Derailleur」は「ディレイラー」で通じるじゃないですか。でも翻訳会社に依頼すると「車輪」だし「変速機」なんですよね。それを、自転車業界的にナチュラルな表現に落とし込む作業から始まって、そのうちに最初から翻訳を依頼されることも増えました。最初は書く仕事で始まったんです。

――フォトグラファーとしてはいつ頃から?
あるきっかけでメッセンジャーを辞めないといけなくなって大阪に帰ってきたときに、この仕事をメインにしようと思いました。学生時代から写真は撮っていたので、現地に行くなら写真も撮ったらいいんやって思って。それでいろんな自転車レースの写真を撮っているうちに、いつしか写真を撮るのがメインになっていました。

フォトグラファーという仕事

――参考にしているフォトグラファーはいますか?
写真に関してはいないですね。世代的には、砂田弓弦さんの下の世代にあたっていて、世間一般的には彼の後に出てきた人間ですけど、彼とはやりたいことが違うんですよ。やりたいことが違うって言ったらトゲがあるんですけど。自分はあくまでも、自転車に乗るのが楽しいことを広めたいのでレースの魅力を伝えるよりも、普段は車に乗ってる人が自転車に乗ればいいのにっていうのを伝えたい。

じゃあ、なんでそんな人間がレースの写真を撮るかというと、レースの写真って自転車に乗るという行為の究極なんですよね。例えば、時速45kmでずっと走ってると言われても、一般の人は分からない。標高2,000メートルの峠道を自転車で登ることができるなんて考えないじゃないですか。

でも写真で見せることによって、それが直感的に分かる。ロードレースって他の自転車競技よりも魅力的やと思います。人を引きつける力があると思ってます。だから写真を見て面白そうやなと思って自転車に乗ってくれる人が増えたら、それは自分としては成功です。方法はなんでもいいんですよ。今でも写真も撮りますし、文章も書きますし、テレビで解説の仕事とかもしますけど、やっていること、伝えたいことは結局、一緒です。

――撮影で一番面白い瞬間はいつですか?
ロードレースって200kmとかを毎日走っていて、移動距離を含めると1日300kmとか500kmを移動するんですよね。日本国内で例えると、今日は大阪から京都です。次の日は名古屋から静岡です、みたいな。そのくらいどんどん移動するから、旅なんですよ。だから自分の仕事の8割は移動だと思ってます。大事なのは、その移動をいかにストレスなく、スムーズに、トラブルなくこなすことだと思っています。もちろん、写真を撮るのも大事ではあるんですけど、時間的にはすごく短い。だからこそ、周到に準備して撮影に臨みます。

――どのように準備するんですか?
毎日移動していくので、明日のコースを見に行っとこうっていうのは現実的に無理なんですね。でも今はGoogleマップでバーチャルロケハンができるので、前日のレースの撮影が終わった夜に次の日の下調べをして、写真が撮れそうな候補を10カ所、15カ所作っておくんです。実際に現地に行ってみて、いいスポットならそこで撮って、迂回路を走って先回りしてもう一回撮って。という仕事です。それをいかにスムーズにこなすかが大事で、それがハマったときはすごく面白いです。

――構図で意識していることはありますか?
ロードレースは他のどんなスポーツよりも現地の色を入れやすいんです。スポーツ写真でありながら、現地の景色とか特色とか、文化的な背景を写真に入れ込むことができるスポーツなんです。例えば、自転車競技ならマウンテンバイク、シクロクロス、トラック、BMXってスポーツの特色はあるかもしれないけど、その写真を見たところで日本らしさとか、イタリアらしさってあんまり入れにくいんです。

でも、ロードレースは家の前とか普段、人が生活している所を通って、しかも同じレースでどんどん移動していくんで街の色が変わるんですよ。ヨーロッパって200km移動すれば、もともとは国が違ったりするので例えば、フランスでも北西部からちょっと南のプロバンスに移動していけば建物がレンガ色になったりとか、どんどん変わる特色を写真に込めることができます。

――写真を見るだけで、いつのどのレースか分かりますよね。
これほど撮りがいのあるスポーツはないと思います。毎年コースは変わるし、200人もの選手が走っているので毎日すごい数の撮影チャンスがある。野球やサッカーのようなスタジアムスポーツは決められた所から決められたアングルでしか撮れないんですが、ロードレースって工夫すればするほど、撮影チャンスが増えるっていうやりがいはすごくあります。

――個人宅で撮影させてもらうこともあるそうですが、断られないですか?
そこは数打ちゃ当たるで、断られて当然っていうくらいの気持ちで取りあえずお願いしてみます。でも日本とそんなに変わらなくて、日本にイタリア人が来たら、「イタリアからよく来たな」って言われるのと逆で「なんか飲んでいくか?」ってすごく良くされる場合もあって面白いです。

――東京オリンピックの時には、インスタライブで解説もされてましたが反響も大きかったんじゃないですか?
めちゃくちゃ反響ありました。瞬間で1万人弱に見ていただいて、オリンピックってすごいなってびっくりしました。ライブだったので現地に行っている人に入ってもらって一緒に話すこともできるし、すごくやりやすかった。ああいうライブは、今だからこそできることですよね。東京オリンピックをきっかけにロードレースを見始めたって話も聞きました。専門的なことを濃いファンの人たちに説明するのが仕事ですけど、それよりもっと広いところからロードレースって楽しい、自転車競技って楽しいんですよっていうのを知ってもらうことのほうが自分は大事だと思っています。

――これらかのフォトグラファーの仕事はどうなると思いますか?
写真を撮る仕事は絶対に減ります。需要が減っていってるんですよね。映像技術がどんどん進化していて、映像から切り取ったら、写真のクオリティーとして十分なんです。さらに世界中の人がスマートフォンでどこでも、しかも適当に撮ってもそれっぽく見える写真が撮れるので、しっかりと写真を評価してもらうのも難しくなっています。だからこそ、写真展をやりました。大きくプリントしたら、自分で言うのもなんですけど、かっこよくなるんですよっていうのを見せるために紙で見てもらいたかったっていうのがありました。

――東京と神戸で開催していましたね。
紙で見てもらえるのはすごくありがたいです。色が付いてるものに光が反射して目に入るのと、それ自体が発色して見えるものって見え方が違うと思うんですよ。今はどんどん目がディスプレイに慣れてきてしまっているので、紙で見てもらいたいのになかなか機会がないっていうのがすごく気になっていました。そういう機会をどんどん増やしていきたいですね。

――機材にこだわりはありますか?
ないです。何もないです。キヤノンは使っていますけど、それは最初にキヤノンを使い始めてレンズがそろい始めたから。今さらメーカーを変えたらレンズも一から揃えないといけないんで使ってますけど、別に何でもいいです。それよりも、これは写真だけに言えることじゃないんですけど、ものにお金かけるよりそのお金を使ってどこかへ行きたいです。

ときどきハイエンドの120万円のバイクか、セカンドグレードの60万円か、どっちを買うべきですかって聞かれるんですけど、120万のを買えるならそれでいいと思いますよって言いながら、最後には自分なら60万円の自転車買って差額の60万円でどこか旅行しますって言います。そのほうが絶対に面白いんで。経験することにお金を使ったほうが長いこと楽しめますし。

釣り熱再燃

――今後やってみたいことはありますか?
イタリアで自転車のツアーを計画しています。釣りのツアーもやりたいですけど。

――イタリアも釣りスポットがあるんですか?
イタリアにもちょくちょくあります。日本ほど盛んじゃないですけどね。日本は釣りに関しての環境が恵まれていて、面積はすごく狭い国なのに、南北に長くて、暖流と寒流が混ざり合っているのでたくさんの種類の魚が釣れるんですよ。

――海釣りですか?
最近は海ばっかりですね。ジギングでブリやマグロも釣れます。最近一番好きなのはマグロ釣りで沖合30kmくらいまで船で行って水深1000メートルくらいの所でルアーを沈めてマグロを釣り上げます。釣り専用のインスタアカウントも開設しました(笑)

――釣りと自転車と、どちらが興味がありますか?
興味っていうと難しいですよね。釣りは趣味。趣味なので興味はでかくて、それこそ100:0くらい(笑)最近、また釣りばっかしてるんで、もう自転車やめたんですかって聞かれるんですけど、両方ともちゃんとやってます。趣味は一つを極めるという考え方もあると思いますけど、二つやってもいいやんって思ってます!

――これから取り組みたいことはありますか?
フォトグラファーというのは今後も変わらない予定ですが、他にも色々なことをプラスしていきたいです。イタリアで計画しているツアーも自転車のライドを楽しめるような企画に持っていきたいです。ありがたいことにフォトグラファーとしては影響力を持てるようになったので、その影響力をうまいこと使ってもっと人を外に出したいです。

コロナの影響もあって、屋内のトレーニングも増えていますが、外で走ってる気持ちよさには敵わないと思います。外で走る楽しさを発信するために自分がロールモデルになって、外で楽しく走ってるのをうまく見せることで、響けばいいなと思います。

――写真をされているのと見せ方が上手そうですよね。
幸い、写真は撮り慣れているので上手いこと伝わると思うんですよね。自転車は健康になるし、ガソリンも燃やさないし、悪い面がないのでこれを広めない手はないです。その魅力をロードレースの写真を見せることによって発信するのが今のメインで、写真を撮って、書いて、しゃべるっていう3点セットですが、それにプラス実際に連れ出していくことまでしたいです。この2年間、旅行とかツアーに関しては足止めをくらっちゃってるんですけど、もうちょっと自由に旅行できる環境になれば、そういうことも考えたいと思ってます。

■関連リンク
twitter(@keitsuji
instagram(@keitsuji)釣りアカウント(@keitsujifishing

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