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ロードバイクのある生活 -カッコよく乗るために-
2023.10.17
ロードバイク。
ご存知のとおり、ロードレースのための競技用自転車の総称ですが、21世紀に突入して間も無く起こった世界でのロードバイクブームを経て、多様性に富んだカテゴリーへと成熟しました。かつてはツール・ド・フランスを頂点としたヨーロッパのプロロードレースの世界で速さのみが追求されてきましたが、昨今では悪路での走破性や優れた積載性が特徴のグラベルロードや、快適に長距離を走ることを目的としたエンデュランスロード(オールロード)、そしてモーターユニットを搭載したeロードなど、スピードの追求とは異なる新たな価値観が生まれました。そしてこれらのカテゴリーは、それぞれ固有のスタイルとして現在進行形で発展を続けています。
本稿のテーマは、ロードバイクの源流となるヨーロッパのロードレース文化にスポットライトを当てて、「ロードをカッコよく乗る」とはどういうことなのか、横浜市で20年以上プロショップとしてロードバイクを扱ってきたBIKE TOWNの横山氏が抱く理想像をヨーロッパの風景写真と共にお届けします。
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ロードバイクを取り巻く様々な”多様性”
”知る・買う”の多様性
――最近はネットで物や情報が簡単に入手できるので、何でも自分でする人が増えてきていると思うんです。情報の良し悪しの判断は自身に委ねられる状況ですが、身近に色々教えてくれる人の存在はやはり大事ですか?
全身サイクルウェアでバッチリ決めてロードバイクに乗っているのに、リュックを背負って走っている人をとても多く見かけますよね。なぜそれだけの物が必要なのかを考えたこともないのかもしれない。モノを売るだけのショップが増えて、そこで購入した方は乗り始めから一人なわけで。それが悪いこととは思わないけど、そうなると自分で情報が取れる範囲でしか知識が得られないし、身につけた知識や技術が間違っていても誰も教えてくれないので気づくこともできないんです。
自転車は車と一緒で交通ルールに則って公道を走るものだけど、免許がなくても乗れる。でもこうやって走れとか、これは危険だとかを詳しく教えてくれる人が身近にいないとなると、やはりショップやそこを拠点とするコミュニティがしっかり教える必要があるのかなと思いますし、専門的に扱うプロショップには一日の長があると思います。
ショップの役割
――お客さんと距離が近くて親身に教えてくれるショップってけっこうあるものなんでしょうか?
どうなんでしょうね。僕の場合、やっぱりサイクリングという趣味を長く続けてほしいし、自転車を愛してほしいからお客さんの要望をできるだけ聞くし、こちらからもしっかりとアドバイスをするので長く乗ってもらえることに繋がっている気がする。うちのお客さんがリュック背負って来たら「それおかしいよ」と言うし、どういう装備なら事足りるのかをちゃんと教えてあげるけどね。
趣味は道楽とも言うけど道を楽しむって書くよね。道中の紆余曲折、例えば失敗なんかも楽しむのが趣味だと思うので、基本は本人の意思を尊重するけど安全に関わる部分はちゃんと伝えてあげないとね。親身になって色々教えてあげたいという気持ちもあるけど、中には自分で色々やりたい人もいるので、お客さんのことをよく知ることもショップの努めだと思います。どんなお店かを理解してもらうために日々発信しないとお客さんもわからないと思うので、そこは僕ももっとやらないとダメだと思ってます。
ロードバイクをカッコよく乗るために”己を知る”
紳士淑女たるもの
――人によるのかもしれないですが、走り方に人の性格って出ますよね。普段、感情に身を任せがちな人でも、落ち着いて心に余裕を持って走ることができるポイントってありますか?
もう心がけるしかないとは思うけど、ロードバイクって紳士淑女のスポーツだと思うんですよね。こないだ近所で見かけた、いかにも速そうなアストンマーチンに乗った年配の男性がそれはもう紳士的で、横断歩道やバス停付近を横切る人の前でゆっくりと停車して見守るように渡り切るのを待って、そして急ぐことなく軽やかに走っていくのを目の当たりにして。速く走れる車なのにそれをひけらかすこともせず、その余裕の佇まいにすごくカッコいいと思いましたね。それを普段のロードに乗る自分に投影してみて、自分はどうなのかなと。紳士的に振る舞うことで互いに安全で心も穏やかになるし、相手から感謝されると嬉しかったりするので、それが繰り返されると良い1日だったなと思える。イライラしてたら何でもマイナスに感じてしまうし、つまらない1日で終わっちゃいますよね。
歳を重ねていくことで感情のコントロールがしやすくなり、心が成熟していくっていうのは言えることだと思いますし、よりロードの面白さを感じることができると思います。心に余裕を持って走らないと、怪我してしまったら乗れなくなるどころか日常生活にも支障を来たすことになる。ほんの一瞬の判断が「行ってしまえ」ではなく「止まる」ほうが良いし、それができるためには常に紳士淑女でありたいと心がけて走りたいですね。
――走りに没頭するって意味ではなく周囲への意識・配慮という点で、どれだけ集中できているかというのは自転車も車も同じですね。
お客さんの中には、車を運転するときに意識することが変わったって言う人もいます。自転車に乗るまで気づけなかったことというか、奥さんの運転を横で見ていて「危ないな」って思うらしく、自分もそうだったんだなと実感するようです。車道だと自転車が弱者になるから、その立場がわかるだけで大きな変化になると思いますね。
欧米は車が歩行者に譲ることが当たり前というか、実際路上でも歩行者ファーストな場面をよく見かけるし、どこか社会的な成熟度合いと通じる部分があるのかなって。だから人のそういう良い振る舞いを見て「良いな、さすがだな」って思うし、自分も心がけたいなって思いますよね。
老化を自覚する勇気
――中高年の方は若い人に比べて基礎体力や反射神経などが劣っていく、鈍くなることで、「できる」と自分は思い込んでいても体がついていかずに危険な目に遭うことがありますね。
オートバイもリターンライダーっていうのが増えたという話を聞くけど、事故も多いと聞きますね。自分もそうだけど、頭の中で思ったことと体の動きにズレが出てきている。こんなはずじゃないのにとは思いつつも受け入れている。素直に認めないと自転車の場合は死に直結するから、何事も咄嗟の判断とならないように事前に考えたり察知して動くようにしている。もともと臆病な性格だからっていうのもあるかな、明かりやテレビを付けたままじゃないと寝れないみたいな(笑) 中高年のお客さんの中でも昔運動やっていた人や体力に自信があるという人は多くて、乗り初めの頃はできると思って意気揚々と走りに行くんだけど、思ったより走れない自分にヘコんでましたね。
――過信みたいなかんじでしょうか。そうならないために常日頃から心がけられることってありますか。
パフォーマンスが上がらない場合は無理しないに越したことないです。強くなりたいとか速くなりたいという気持ちを抑えつつ、より安全に自身の身体に気を遣いつつ走るぐらいの力加減のほうが長く続けられると思いますね。
他にも基本的なケアの方法は色々あると思うけど、やっぱりモテたいって思うかどうかじゃないですか、かっこよく見られたいというか。さっき言ったような路上で歩行者に譲るのも紳士的だなって思われると気分が良いですし。100km走った後は達成感あるだろうけど、その道中というか内容にもこだわりたいですよね。強くなる意識よりも上手くなることを心がけたい。速く走れない、強くなれないからつまらないではなく、かっこよく走ることが楽しいとなれば、継続に繋がるし結果的に体も強くなっていくはず。自転車のおかげで健診の数値が良くなったって言ってるお客さんも多いし、良いことづくしってなっちゃいますよね。
ロードバイクをカッコよく乗るための”安全第一”
――カッコよく走るためのコツというか、ここを意識して走ると良いということはありますか?
やっぱり焦らずゆとりを持つということになりますね。例えば後方に誰か走っていると気づくと頑張って手信号を出そうとする人が多いですけど、挙動が不安定になる人がけっこういますね。あとは曲がり始めてから手信号を出したり、ブレーキしてから出しているのも見かけます。手信号の意味は知ってるけど出し方を教えてもらってないんだろうと思いますし、後方を意識しすぎるあまり他への注意が散漫になりがちです。余裕ができるまでは無理して出そうとせずに、自身の安全を優先してもらいたいですね。
――危険を回避してスマートに走れることもカッコよさに繋がると言えそうですね。
そうですね。発進時も走行中も後ろを見ない人が多い。クリートのはめ込みなどに気を取られて周囲を見ないなんてこともよくあるでしょうし、路上の障害物を避ける車線変更の時も後ろを見ない人が多いですね。自身の安全と周囲へ迷惑をかけないという意識が大事なので、発信時も走行中も前方だけでなく後方にも注意を払いながら、自分も周囲も動きの流れを止めずテンポ良く走るのがベストですね。他には車に左折巻き込みされる危険が高い場所も、かなり前の段階で後方確認した方が良いです。特に交差点やお店の駐車場付近ですが、危なそうだなと思ったら無理せず減速もしくは停車して、車に先に行ってもらうほうが安全です。
あと目前を走る車の挙動がおかしいと感じたら、距離を置くなどして安全確保した方がいいですね。それを判断する材料は挙動以外にも、他府県ナンバーかどうか、車が傷や凹みで傷んでいるなど目に見える情報もあります。つまり、そういった視覚情報にいち早く気づくことが安全に走るには大事じゃないかな。
――スムーズに走るためにも安全を確保するにも早めの判断が大事ということですね。長距離を楽に走るための体力作りを心がけている人も多いと思います。心がけることがあれば教えてください。
レース志向ではないが楽に長距離を乗れるようになりたい人は多いですけど、長距離を効率よく走るためにはスピードは重要な要素です。そのためには基礎体力を上げるべく継続的に走ることが求められます。特別筋力を上げるようなトレーニングは必要というわけではないですが、やっぱり乗る頻度が多いと筋力が養われるのは年配の方も同じです。あとは無駄を省いていくことも大事です。もっと効果的にエネルギーを使えるようにポジションを改良したり、道中の補給を工夫してみたりも大事。自分の話になっちゃうけど、毎朝のライドではある程度負荷をかけて身体機能を維持することは意識する。体力は走らないと急にガクッと落ちるけど戻すのはかなり大変。だから継続することが本当に大事。歳を取ると現状を維持するだけでも大変ですからね。それが結果的に健康の維持にも繋がると思います。
見た目のカッコよさについて
シンプルイズベスト
――サイクリングでの持ち物について、冒頭でリュックに何を入れているのかという話もありましたが、カッコいい荷物のまとめ方について教えてください。
それをカッコいいと呼ぶかどうかわからないけど、無駄を省くことは速く遠くまで走るには必要だと思います。装備を考える上で、走行ルートや道中で起こり得るトラブルなどを想定して準備したいです。
・携帯工具
自分の自転車に使われてないネジ用工具がたくさんついたものを持つ人がいますけど、必要なものだけにまとめたいですね。ロードバイクの仕様によるけど4mmと5mmの六角レンチとT25レンチ、ドライバーぐらいかな。
・パンク対策
タイヤがクリンチャーならスペアのチューブとタイヤレバー、空気入れは必須。携帯性ならポンプ型よりCO2ボンベの方がコンパクトですけど、扱いに慣れてないと失敗したらおしまいなので不安な人はポンプがベター。ロングライドなら2回パンクするリスクも考慮して補修パッチも持っていきたい。タイヤが裂けるほどのバーストの場合だとチューブだけ変えても走れないので、タイヤ用の補修パッチもあれば安心。CO2ボンベは最低2本は携行したい。チェーン落ちの経験がある人や、作業中に手を怪我したことのある人は使い捨てのかさばらないゴム手袋もあったら便利。
これぐらいの物量なら小さいサドルバッグで十分収納できるので、リュックを背負う必要はなさそうですね。
サドルバッグも必要品がちょうど入るようなものを選びたいし、自分の使い方にあったお気に入りを探すのも楽しいと思ってもらえるはず。僕はほとんどパンクしないのでこれら道具の出番もないから、取り出しやすさよりもしっかり車体に固定して走行の邪魔にならないようにしています。
・身につけるもの
お金やスマホは駐輪時に取られる危険があるので身につけておく。事故で大怪我して、病院に直行という時に備えて保険証のコピーがあると安心。あとはサコッシュを折りたたんでポケット入れておけば、いざというとき便利ですね。
・ボトル
サイクリングは消費カロリーが大きいのに対してあまり汗をかかないって思い込んでいる人は意外と多いですね。走行中は常に風を受けていて、汗が乾くスピードが早いので思っている以上に水分が消耗されていることに気づかないんです。なので10分毎に一口ずつでもいいからマメに水分を取ることが大事で、1本より2本あったほうが安心。
あと、もう一つ2本持っておきたい理由として、もし落車した場合の傷口の洗浄に水を入れたボトルを持っていれば安心。擦過傷はとにかく傷口をすぐ洗うことが大事で、水以外の飲料だと洗浄に使えないけど、水なら洗浄、飲料両方使える。あとは暑い中走る時に身体にかけてクールダウンさせるのにも有効です。
シミュレーションして必要最低限の荷物にまとめるという考えは登山に共通するところですね。できるだけ身も車体も軽い方がパフォーマンスも向上して走るのが楽しくなるので、「あれば便利」よりも「ないから楽しい」というのは納得です。
機能美は一朝一夕に成らず
――カッコよさに大きく影響するのがやはり見た目ですが、サイクリングウェアの着こなしや所作でアドバイスがあればお願いします。
寒い時期のロードバイクってどれだけ汗をかかないようにするかを考えるスポーツって言えるかもしれない。汗をかくと身体が冷えてしまうので、こまめな着脱による温度調節は大事。暑くなってから脱ぐのでは遅くて、それより早い段階、暑くも寒くもなく発汗していない段階で調整するのが理想的。
着こなしは、どんな短距離でもロードに跨るならちゃんとした格好で乗りたいし、それができないならロードに乗らないというぐらい個人的にはスタイリングにはこだわりがあるし、そうすることが大切だと思っている。それぐらいロードバイクを乗ることって特別でかっこいいものと思ってもらいたいです。
お洒落は痩せ我慢だと思うんですが、ロードバイクもそうなんだと思います。走ると汗をかくから寒くても薄着で家を出るし、季節を先取るコーディネートをしたいというのは街のおしゃれさんにも通じますよね。冬にオープンカー乗ってる人も、見た目は余裕を装ってるけど実はめっちゃ寒いのかもしれないし。でもそれを表に出さないことが格好良さなんじゃないかな。
――確かに日本は着込んで走る人が多いですが、ヨーロッパ人は薄着でカッコいいというイメージがあります。高機能ウェアで薄着を維持しているというのもありそうですね。
横山さんが「かっこいい」にこだわりがあるのが節々に感じます。かつてはかなりのおしゃれ好きだったと仰ってました。
若い時は服にシワがつくのが嫌だから、電車で席が空いてても座らないといった意識はかなり強かったですね。とにかく生活スタイルもカッコつけるのが好きだったというか、そういう派手な時代でしたからね。自転車も見られている意識は常に持ってるから、自意識高いですけどカッコつけることは大事なんです。かっこいい乗り方を定義するのは難しいけど、イメージとしては水が高いところから低いところへ流れるが如く走れるのが一番かっこいいと思ってますね。流れるような走りで悪目立ちせず周囲になんら影響を与えず、でも見た目も走りもかっこいい。上りでキツい時にふと子供や女性に見られても無理して余裕ぶってみたりとか(笑) 個人的にはこういうのが正解というか、ヨーロッパで培われた文化としての本質って言ってもいいんじゃないかなって思う。
――どこかテーラーに通じるものを感じますね。ただ身につけているものの仕立ての良さだけでなく、立ち振る舞いや美意識まで洗練されることで周囲から「粋だな」と思われるものだと思うし、テーラーはそれを生業にしたいんだと思うんですね。横山さんの言うことも同じで、常にカッコいいを求めることが技術の上達や安全にも繋がる、そう感じました。そういうことをお客さんに伝えていくことでカッコいいライダーが増えていけば、もっと文化として成熟していくように思います。
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カッコいいを追求し出すと話が尽きないのは男の性と言いましょうか、横山さんには書ききれないぐらいのお話を聞かせていただきましたが、まだまだ話し足りない様子でした。価値観は人それぞれあるにしても「カッコいい」は客観的な目によって生まれるというのは間違いないと思うので、周囲からそう思われることを目指したいところです。まずはできる人や知っている人に聞く、倣うというのは上達の近道と言えそうですね。ロードバイクを嗜む方々の明日からのライドに少しでも役立てば幸いです。
取材協力 : BIKE TOWN
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