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輪界の人脈の輪をたどるインタビュー vol.2 「東京下町自転車ツアーガイド」
2023.03.27
ほしいものやしたいことがあるとき、多くの人がまずは検索する今日。自転車ガイドツアーに行きたいと思い立ったときにも、やはりインターネットで調べる人が多いだろう。「東京」「下町」などのキーワードで自転車ツアーを検索すると、結果の上位に表示されるのが「トレイルファインダーズ」のページだ。秋山岳志さんは同社の代表として、都内を巡る自転車ツアーのガイドを務めている。肩書きはそのまま「東京下町自転車ツアーガイド」だ。
現地の空気を味わうには自転車が最適
東京スカイツリーを望む「トレイルファインダーズ」のオフィスは、東武鉄道の曳舟駅にある。観光地として人気の浅草にもほど近く、周辺には「向島」「深川」など、時代小説好きならワクワクする地名がひしめく場所だ。今回話を聞くのは、このトレイルファインダーズ社の代表でもある秋山岳志さん。下町エリアを走る自社のツアー内容について次のように語る。
「コースには浅草寺やスカイツリーなどの名所も盛り込みますが、それ以上に重視しているのは、そうしたポイント同士をつなぐ道の選び方です」
ここで秋山さんは「旅で大切なものって何だと思いますか?」と問いかけてから続けた。
「答えはもちろん人それぞれだと思いますが、私は『非日常』を味わうことだと思うのです」
秋山さんがツアーの参加者を連れて行くのは、昔ながらの商店街や細い路地裏など、人の暮らしを感じることができるエリアだ。最新の商業ビルやテーマパークなどを楽しみたいと思う人にとっては、これはもしかしたら地味に感じるルートかもしれない。
そもそも秋山さんが現在の仕事を始めたきっかけは、タイのバンコクで参加した自転車ツアーにあったと言う。
「メジャーな観光スポットでなく、地元の人が集まる市場や生活道路など、バンコクのローカルなエリアを体感できるツアーに感動しました。こうした空気を味わうのに、自転車ほど適したものはないと感じましたね」
バンコクは世界的な観光地でもあるが、そこに息づく日常こそが、外から来た人にとっては新鮮な非日常だと実感した秋山さん。「ぜひこれの日本版をやってみたい」と一念発起し、現在のスタイルを確立した。
秋山さんが導く墨田区や台東区の下町エリアには、どの道にも過去からつながる歴史があり、明日も続く生活がある。池波正太郎の『鬼平犯科帳』シリーズの大ファンでもある秋山さんならではの、ちょっぴり玄人好みのコース設定は、国内の日常を知る人でも大いに楽しめるものだ。
「無理に笑顔にさせなくても」それぞれの楽しみ方でいい
自転車ツアーガイドを始めてから、秋山さんは気付いたことがいくつかある。ひとつは「自分はあまりしゃべるのが好きじゃないんだな」ということ。「この仕事でそれはまずいかもしれない」とも思ったが、それも自分らしさと考えて、あえて無理はしないことにした。
「旅で重視するものもそうですが、旅の楽しみ方も人それぞれだと思うのです。すべての参加者を笑わせる伝説のバスガイドさんのような方もいますが、私は無理に相手を笑顔にさせなくてもいい、ゆっくりその人なりに楽しんでもらえればいいかなと思って。もちろん今は経験によって慣れたので、話すことも苦ではありませんが」
さらにもうひとつの気付きによっても、これは大した問題ではなくなった。それは「外国人と日本人の旅の楽しみ方の違い」だ。
実はツアーの参加者のほとんどは外国人観光客で、海外からインターネットで予約してくるケースがほぼ100%を占めている。海外向けのツアー名は「Tokyo Backstreets Bike Tour」。青年海外協力隊でラオスに滞在したり、修士号取得のためにイギリス留学したりと、海外経験が豊富な秋山さんは、持ち前の英語力を生かして案内しているのだ。時折訪れる日本人と、圧倒的多数の外国人にそれぞれガイドをしていて、秋山さんは「外国人は旅を主体的に楽しんでいる」と感じたそうだ。
「外国人参加者の9割が欧米人ですが、彼らは『いまこの旅を、自分自身でどう楽しむか』ということを考えている気がします。私は史跡や場所の簡単な説明はしますが、後ろからそっとついていくのみです」
例えば日本語のおみくじを引いても、彼らは秋山さんの解説を待たずに翻訳アプリを使って盛り上がる。秋山さんには困ったときに頼ってくる程度で、あまりたくさん話す必要もないのだと言う。
「彼らのツールの使い方を見ているとすごく面白いし、私もとても勉強になります。15分の自由行動と言って解散して30分ぐらい戻ってこないこともよくあるので、そこはフレキシブルに調整しますが(笑)。一方で日本の方は、細かい説明を求める傾向がありますね。外国人のツアーとは正反対で、私が先導してしっかり案内することが多いです。もうそこはケースバイケースで、お客さんのニーズや反応を見ながら判断しています」
男女比も少し異なるようだ。カップルや夫婦での参加者が多いことは万国共通だが、外国人観光客の場合、女性だけのグループでの申し込みも珍しくはないという。だが秋山さんが日本人と外国人に感じる違いの最たるものは「体格差」だといえる。
「多くの外国人は小さな折りたたみ自転車を面白がって乗ってくれますし、コンパクトな収納の様子などにも日本らしさを感じているようです。でも身長190cmを超えるオランダ人が来たときなどは、適応身長を大きく超えてしまうのでさすがに厳しかったですね(笑)。最近は自転車のラインナップも拡充しようかと考えています」
見せたいものを見せるのではなく、相手が見たいものを
秋山さんがこの事業を興したのは2015年のこと。それまでは長くフリーランスのライターとして活動していた。経済系や資格関連の記事など幅広く手がけていたが、時代の移り変わりと共に、その仕事に限界と物足りなさを感じるようになった。
「バブル期も終わり、紙媒体が先細りになってきて、このままライターをやっているだけでは苦しくなると思いました。また、自分の仕事が読者にどう伝わったのかがわからないことも気になるようになりました。記事の反応といえば、編集部から聞く『どれだけ売れた』ということでしかない。そうではなく、直接お客さんの反応が知りたいと考えるようになったのです」
自転車ツアーガイドでは、参加者の反応をダイレクトに感じることができるようになった。やりがいもあるが、慣れない接客業で苦労もあったかもしれない。それでもガイド業を楽しむことができるのは、秋山さんがつねに「相手の受け取り方」を重視し、尊重する気持ちを持っているからだろう。
例えば過去にも取材を受けて、意図したものと違う記事が上がってきたことがあったが、それもさほど気にならなかったと笑う。自身が取材する側を経験してきたこともあるだろうが、「相手がそう感じてそう受け取ったなら、私はそれでいいんです」とほほ笑むのだ。まさにこの精神が、ガイドツアーの方針にも色濃く表れている。「こちらが見せたいものを見せるのではなく、相手が見たいものを見られるようにしたい」とのことで、ツアー内容は実に臨機応変だ。
コロナ禍には不安もあったが、2022年末頃からじわじわと客足が戻り始め、この3、4月にはにわかに予約が増えてきたそうだ。なかなか順調なガイドツアー事業に、秋山さんはどんな展望を抱いているのだろうか。
「先日は20人近い団体の予約が入りました。こうなってくると、やはり自転車のモデルや台数を増やしたり、ガイドを増やしてツアー規模を広げることも考える必要があると思います。また、つねづね夢見ているのは、ツアーの発着点としても活用でき、自転車好きが集まることのできる『サイクルカフェ』を開くこと。今後に向けて、事業計画も練り直していく予定です」
下町に根ざし、自転車を活用する新たなプランが、静かに進行しているようだ。
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